現場は少しずつ片付けられていた。

「もう捜査終わるんですか?」

「自殺と断定されていますし、不審な点はありませんから。の判断ですよ」

 斎藤の質問にそう素っ気なく答えた刑事。彼はそれだけを言うと、その場をそそくさと去っていった。

「あ、彼です」

 村上は中山を指さした。

 郷田は撤退準備中の中山に近づき、「お忙しいところすみません、一つだけ良いですか?」と声を掛けた。

「ああ、あなたたちですか。どうかしました?あ、法医の先生に会えました?」

「ええ。無事に。お話も聞かせていただきました。それで……中山さんに一つだけお聞きしたくて。彼らが、あなたに一酸化炭素についてお話を聞かせてもらっている際、あなたは“今回も自動車の排気ガスが原因だ”と言ったそうですが……」

「……ああ、なるほど……。それで自分が事件に関係してるんじゃないかって疑ってるんですね」

 彼はそう言うと、郷田らを少し離れたところに連れていき、話し始めた。

「自分……あの被害者が警察関係者だってことも、PC事件を起こして警察官名簿から外されてることも、過去の被害者である天野みずきと知り合いだってことも、全部知ってるんです」

 中山の口から出た言葉が、あまりにも衝撃的過ぎて一同は何も言えず、開いた口がふさがらなかった。

「自分……もともと鑑識じゃなくて、科警研にいたんですよ。そこでサイバー関係の仕事してました。だから、情報を集めるのなんて朝飯前で。で、鑑識に来た時に高山さんの様子がおかしくて、探ってたらビンゴ。彼がPCのメンバーだって知って、こっそり情報を集めていたら、PCは全員が警察関係者ってことを知ったんです。それに伴って天野みずきさんの事件も。それで俺なりに推理したら、何かしっくりきて。だから、今回の彼らの死因も天野みずきと同じ排ガスの一酸化炭素だろうなって勝手に。紛らわしいことしてすみません……」

 郷田らは彼の目を見て、嘘を言っていないことは分かった。

「君、刑事にならない?その技術、刑事としての仕事に活かせるよ」

「自分は……刑事には向いてないと思います。だから……すみません」

「そうか……でもいつでも声かけてくれたら推薦書くよ」

 


「中山さんは関係なかったですね。係長、今回の事件は……PCの自殺ってことで解決になるんですよね……」

「そうなるな。不審な点もない、鑑識からの報告も、法医からの報告も、一致してる。彼らの遺体の状況からしても何もない。間違いなく自殺だ」

 彼らは警視庁近くの喫茶店で話していた。

 周りに聞こえないように、小声を心がけ、一時の休憩を楽しむ。

「それにしても……このPC事件は僕が経験した事件の中で、一番複雑でした……」

 村上は紅茶を飲みながらそう話す。

「俺もだ。それに……この事件は初めての経験ばかりで、何をするにしても頭を使ったよ」

 斎藤はそう呟く。

「斎藤さん、ノア君と別れて、寂しいんでしょう?」

「な、なんで俺が寂しくなるんだよ!」

 彼はとっさに村上の頭をはたいた。

「ちょっと!すぐに手を出すのやめてくださいよ!」

 村上は、はたかれた頭をさすりながらそう言う。だが、斎藤の獲物を捕らえる猛禽のような目が、村上を捉えていた。

「わ、分かりましたよ。はたけばいいでしょ!……係長~なんで僕が斎藤さんとペアなんですか!森田さんに変えてくださいよ~」

「森田は私の右腕だ。渡すわけないだろ?」

 一同は事件が解決し、久しぶりに和んだムードで会話していた。



【FBI Noah's ark】


「ノア、そろそろ退勤の時間だよ。……ノア?」

 ルーカスはノアを覗き込む。

「どうした?」

 覗き込んだルーカスは、ノアの顔が赤いことに気づく。

「ノア……しんどいのか?」

「体がぽわぽわしてます……」

 額に手を当てるルーカス。

「熱があるみたいだ……帰りに病院に寄って帰ろう。今ならまだ空いてる。ハディソン先生のところに行こう」

 ルーカスはノアを立たせ、荷物を手に、病院へ向かう。

 タクシーの中で、ノアはぐったりしていた。

「ノア、大丈夫だからね。もうすぐ病院だから……」

 久しぶりに体調を崩したノアを抱き、ルーカスは珍しく焦っていた。

 もしノアに何かあったら……日本へ連れて行ったことが悪かったのではないか……不安の渦がルーカスを取り巻いていた。


「先生!あの、ノアは……」

「大丈夫。ただの発熱だよ。血液検査では何の異常もない。最近、何か変わったことやストレスに感じること、あの子にあった?」

 心当たりばかりだ……。ルーカスは説明した。

「実は、日本警察との合同捜査で日本へ……それがストレスに?」

「なるほど……日本か……。確かに、ノアにとってはかなりのストレスだ。それが原因だろう。だが、多分無意識のうちに何か……」

「あの……ノアは日本へは行ってはいけなかったのでしょうか……」

 ルーカスはそう尋ねた。

「アスペルガーを持つ人にとって、いつもとは違う環境というのは、相当なストレスになる。それは精神的なものだけでなく、身体的にも。だから、人によっては熱が出たり、記憶が混乱したり、酷い時には自分で何もできなくなる人も、私は診てきた。ノアの場合は、精神的ストレスが身体に影響を及ぼして、発熱という現象を引き起こした。この障がいはね、複雑なんだ。我々には想像もできないことが、彼らの頭の中では起きてる。記憶に関しても知能に関しても、感覚に関しても、うまく説明できないが……超人的な何かがね。ノアは、FBI捜査官という職に就き、捜査している。脳をフル活動してるんだ。だから、時には充電が切れたコンピューターのように全く動けなくなったりするんだよ。君も動けなくなったノアを見たことあるだろう?」

 彼は頷く。

「できるだけ、いつもと同じを心がけてやってほしい。あの子は幸い、二次障がいは起きてない。それは君のおかげだ。君が、あの子を理解して接して、環境を整えているからね。アンダーソンくん、ノアにとっていつもと違うって言うのは、辛いものなんだ。だから……」

「ええ。これからは、ノアが辛くならないように、いつもと同じを心がけます……私はノアに申し訳ないことをした……」

 ベッドで眠るノアを、じっと父のような眼差しで見つめるルーカス。

「あの子は……君に引き取られてよかったね……。君じゃないと、今頃ノアは普通の生活は送れなかっただろうから……」

 ハディソンはそう呟く。

「先生は……いつからノアを?」

「彼が二歳の頃さ。両親が連れてきたんだよ。様子がおかしいって……。それから私は、ずっとノアの主治医さ」

「そんな昔から……てっきり、彼が施設にいたころからだとばかり思ってました。ノアは昔から、ずっとこんな……?」

「ああ。変わらないよ。クッキーが大好きで、偏食で、こだわりが強くて、話し方も特徴的で、記憶力も超人だ。おまけに知能が高すぎて普通の生活は難しい。だから、彼が普通の人に引き取られたと聞いて、私はなんて酷なことをと正直思っていた。だが、それは間違いだった。ノアは、君と生活するようになって普通の暮らしというものを知った。学校へ行って勉強するということも、遊ぶということも、仕事をするということも知った。君といるからできる経験を、あの子はしてる。アンダーソン君、あの子を引き取って、育ててくれてありがとう。両親に代わってお礼を言うよ……」

 ハディソンはルーカスに手を差し出した。

 ルーカスもまた、かすかに目を潤わせ、その手を強く握る。

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