「郷田さん、今回のPC事件……解けたかもしれません」

 ルーカスは郷田を目の前に、そう言った。彼は目を見開き、「それは一体……」と言葉を発せないでいた。

「ノアが疑問に思った点、私が疑問に思った点、そして日本で捜査して気付いたこと……すべてを考慮し、考察したところ……一つの答えが浮かびました。それが“PCは復讐のために今回の事件を起こした”ということです」

 ルーカスはそう説明する。

 そしてさらにつづけた。

「捜査員の中に、PCと通ずる者、もしくはPCのメンバーがいる。この話は覚えていますか?これを前提に、会話や行動を思い出すと、違和感しかないのです。そしてその人物は……神奈川県警の佐倉巡査です」

 郷田は「まさか……そんな……」と首を振る。

「確証はありません。ですが、可能性としてはかなりの高さです。郷田さん、彼の聴取をしてみませんか?」

「警察官の聴取するというのは……間違いだった時のリスクが高いと……」

「ですが、彼はPCのメンバーである可能性が高いんです。私は、彼がメンバーの一人であると断定できます」

 ルーカスはそう言って、郷田をじっとみた。

「……分かりました……タイミングを見て、彼を聴取してみます」

「ありがとうございます。聴取の際は、私たちも同席させてくださいますか?ミラー越しで構わないので」

 郷田は頷いた。


「佐倉巡査、ちょっといいですか?」

 郷田は休憩中の佐倉に近づき、声を掛けた。

「はい……あの……」

「少しだけ外に……」

 不思議そうな顔をする佐倉を連れて、取調室へと向かった。

「……あの、なんでここに……」

「少しお話を聞きたいと思ってね。そんなに身構えなくて大丈夫だ。捜査に関することを個別に聞いているだけだから」

 郷田はごまかし、聴取を開始した。

「佐倉巡査、君のことを教えてくれないか?」

「僕のことなら郷田さんが手に持っている資料に書かれているんじゃ……」

 佐倉はそう言って、郷田が持っているバインダーを指さした。

「私は君から聞きたいんだ。資料に書かれていないことだってあるだろう。教えてくれないかい?」

 郷田も引き下がらない。

『ノアから伝言です。佐倉巡査に伝えてください。“あなたの出身は神奈川県ではありませんよね?”と。ノアが何かに気づいてます』

 郷田はインカムを通して聞こえるミラー裏の声に、従った。

「佐倉君、君は元から神奈川にいたの?それとも出身は別?」

 そう聞かれた佐倉は観念したのか、重い口を開き始めた。

「元は……違います。神奈川に越してきたんですよ……中学の時に……」

『ノアからです。“出身は栃木県ではありませんか?”と……』

「佐倉君、違っていたら申し訳ないが……君の出身は、栃木県ではないかな……?」

 彼は目を見開く。

「どうせ資料に書いてあるんでしょう?」

「いや、書いてないんだ。君は生まれも育ちも神奈川ってなってる」

 郷田はそう言って、バインダーを開き、出身地欄の箇所を見せた。

 確かに郷田の言う通り、神奈川生まれ、神奈川育ちと記載されている。

「君がそう聞いてくるってことは、出身は栃木で合っているんだね」

「栃木だから何なんですか?」

 彼がそう言った時、再びインカムを通して声が聞こえた。ルーカスではなく、ノアの声が。

『犯人が事件を起こすとき、自分の知っている場所を一番最初に選ぶことが多いです。一番最初の事件は栃木です。だから犯人は栃木に関係のある人です』

 郷田は聞こえてきた内容を、分かりやすく変え佐倉に話す。

「君も刑事なら、多少のプロファイル経験があるかもしれないが……、犯人は初めての事件の際に、土地勘のある場所を現場に選ぶ。このPC事件、始まりは栃木だった。ここから始まったからと言って君を犯人扱いしているわけではない。だが、腑に落ちない点が、君を見ていていくつもあったんだ」

 郷田は続ける。

「犯人についてプロファイリングしたときもそうだったが、何よりここ数日の君の行動が、特に気になるんだ。私たちと、山手トンネルに行った時のことを思い出してくれ……。君は“犯人は本当にここに来るのか”と言ったね。あの時点ではまだ、犯人が来るとは分かっていなかった。本庁に届いた手紙には“次の実行場所”としか書かれていなかったからね。けれど君は、“犯人は本当に来るのか”と言った。それだけじゃない。“これだけ車が通ってたら、犯人の車が来ても分からない”とも言った。なぜ、犯人は車で来ると思ったのか。私はそれが聞きたいんだ」

 佐倉は何も言わず、ただ郷田をじっと見ていた。

「もちろん、言葉のあやというのもある。だが、ジョンソン捜査官が“七日に関する事件や事故”と言った際も、君は“事件”としか言わなかった。太田肇という被害者が出たときもそうだ。自宅の中のカーペットがずれていたとしかその時は情報がなかった。にもかかわらず、“もし二人がにいるのなら助けないと”と言ったのを覚えているか?その時点では、を指すものは何もなかったはずだ。カーペットの下に床下収納があることを捜査員が知ったのは、君がカーペットをめくったときだ。それまではそこに収納があるのは知らなかった。知っているとすればそれは、犯人だけなんだ。床下を開ける前に君は“ここに二人が”とも言った。だが、開けるまでは二人がそこにいることなど、誰も知らない。扉を開けるときもそうだ。横にずらすタイプの引き戸だということも、床下収納にロックがかかっていることも、そのロックの開け方も……。君は全てを知っていたね。それはつまり……」

 佐倉は唇を噛み締め、やっと口を開いた。

「それだけで僕はPCの一員とされるんですか?」

「私は、とんでもないことを考えてしまったんだ。もし、PCメンバーが全員警察関係者だとすれば……証拠が残らないことも、事件を捜査することも、証拠を触ることも、何もかも可能なんじゃないかとね。犯人は完全犯罪にしたがっている。だが、本当の完全犯罪なんて、私は存在しないと思っている。何かしら、ほころびはあるのではないか……とね。君は栃木から神奈川に越してきて、何か大きな変化があったんじゃないか?それが、今回の事件を起こすきっかけになった。私はそう思うが……君はどう思う?」

 郷田がそう尋ねると、彼は声を出して笑った―――。


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