午前中に“事件は県庁所在地で起きている”と判明したためか、捜査は一気に進んでいた。

 それぞれの県警が事件に関する資料をまとめ、共有し、情報交換し、犯人と被害者との接点を洗っている。

「アンダーソンさん、ちょっと……」

 郷田はそう言ってルーカスを廊下へと連れだす。

「あの、非常に申し上げにくいのですが……単刀直入にお伺いいたします。ジョンソンさんは……何か障がいでもお持ちだったりするのでしょうか……お会いしてからずっとジョンソンさんを見ていましたが、少し気になる点がありまして……」

 郷田のその問いかけに、顔色一つ変えないルーカス。いずれは聞かれるだろうと、心構えがあったのだろうか。彼は「ええ。その通りです」と答えた。

 思いもよらぬ返事に、郷田は言葉を失った。

「アメリカでは……FBIでは、障がいのある方を捜査官としているのでしょうか……その……捜査上で問題はないのでしょうか……」

 「過去にも何例か、発達障がい者を捜査官として訓練センター及びアカデミーで訓練し、当局で捜査官として仕事に務めていました。ですが、彼らにはインプットはできてもアウトプットが難しかった。それに対して、自身で嫌悪感にさいなまれ癇癪かんしゃくを起こし、捜査にならなかったのです。それから当局では発達障がい者を捜査官にするのはやめていました。彼らにとっても負担になりますから……。ですが、そんな時あの子に……ノアに出会ったのです。ノアは家族を事件で亡くした。施設にいたあの子を、私が引き取り、親代わりとして接してきた。その時に彼の能力に気づき、周りの反対を押し切って彼を訓練した。すると彼は、インプットもアウトプットも問題なく、私は彼に無限の可能性を感じたんです……確かに彼は発達障がいがあります。しかし、その特性は今もこうして事件解決に、捜査に使えている。それを彼も了承し、彼自身が自分の居場所を見つけた。問題が起こらないよう、私がサポートします。なので、このことはまだ、伏せておいてもらえませんか……?」

 ルーカスはそう郷田に言う。彼は一呼吸おいてから、「ええ。分かりました」とだけ答えた。


「あの、この時間は何の時間ですか?」

 ノアはそう言って資料に書かれている時間を指さす。

「これは……Estimated time of death死亡推定時刻のことだよ」

 パトリックは英語に変えてノアに説明した。さすがのノアでも漢字までは分からないか……彼はそう思ったが、ノアは“死亡推定時刻”の文字をじっと見つめている。

「ノア、何か気になることでもあるのかい?」

 戻ってきたルーカスはノアにそう声を掛ける。しかし、集中しているのかノアは返事もせず、じっと目の前の紙に視線をやっていた。

「Ich wusste es ……」

 ノアはそう呟く。

「今の言葉、英語ですか?」

 パトリックの隣に座っている森田がそう声を掛けた。「いや、今のは多分ドイツ語ですね……さすがにドイツ語は……」とパトリック。

「ノア、何が“やっぱり”なんだ?教えてくれるかな?」

 ルーカスはノアが発した言葉を聞き取っていた。ルーカスの問いかけからすると、彼は「Ich wusste esやっぱりだ……」と言っていた。

「これ、死亡推定時刻、違います。この人たちが亡くなった時間は、時計の時間と同じです」

 ノアはそう言って資料をルーカスに見せた。

「まるでなぞかけだな……」

 森田はそう呟く。

「時計の時間……ノア、その時計はどこにある時計なんだ?」

 ノアはそう聞かれ、少し考えた後に「腕時計です」と答える。ルーカスは自分の腕時計を見た。そして何気なく、第一の被害者・佐々木英雄が着けている腕時計に目をやる。

「ん……?これ……」

 彼はそう言って資料を見比べた。

「なるほど、だから“死亡推定時刻は時計と同じ”なんだな」

 そしてノアに近づき、目線を合わせ、自分の見解を彼に説明した。

 彼は自分の考えを汲み取ってくれたルーカスを見て、少し微笑む。

 ノアに詳細の説明は難しい。ルーカスは彼の代わりに“時計と同じ”の意味を説明しようと、郷田に声を掛ける。

「ここにいる全員にも説明したいのですが、その場合はどのように……」

 ルーカスは郷田に尋ねた。郷田は「少しお待ちください」というと、会議室にいる全員に呼び掛けた。

「新たに分かったことがある。みんなこっちに注目してくれ!」

 その声に捜査員全員の視線が集まる。

「どうぞ」

「ありがとうございます。FBI特別捜査官のアンダーソンです。実は新たに分かったことがあります。資料に注目してください。被害者たちが身に着けている腕時計、時刻が表示されていますよね。アナログもデジタルも。その時刻、ここに座るノアは違和感を感じたようです」

 彼はそう言ってノアを見た。

「彼曰く、腕時計が示す時刻が、本当の殺害時刻だと言っています」

「いや、ちょっと待ってください!腕時計の時刻って言いますけど、遺体の写真を撮っているからその時刻なんじゃないですか?それに検視で死亡推定時刻が出されています。時計が示しているのは遺体撮影時の時刻であって、殺害時刻ではないと思いますが……」

 そう言うのは巡査部長である結城だ。

 彼の指摘に戸惑うことなく、ルーカスは説明を続ける。

「確かにあなたの言う通り、時刻は遺体撮影時の時刻を示している……本来なら」

 会議室にどよめきが起こる。

「ノア、ここからは自分で説明できるかい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る