「それで、日本の警察はどんな感じなんだ?」

「確かに、優秀だとは思います。しかし、思い込みや過信が多い気が……」

「なるほど……。それでノアのことは?」

「説明はしてません。俺らよりもマイルドに伝えられる捜査長が説明した方がいいですから。とりあえず、専用のスペースだけは確保してあります」

「それでいい。ありがとう、助かった」

「ノア、かなり疲れてますね……」

 パトリックはそう言って隣に座るノアに目をやる。子供のように眠っていた。本来なら声を掛けて起こしたいところだが、今の状況ではそれは出来ないと言うことを、ノアとの経験上理解していた。

「飛行機が疲れたようだ。離陸の瞬間も気持ちが悪いと言っていたし、それに……この時間だからね。いつもなら食事はとっくに終えて、入浴の時間だ。予定よりかなり遅れてる。余計に辛いのだろう……」

「明日、大丈夫でしょうか……?」

「まあ何とかなるだろう。負担を掛けるだろうけど、よろしく頼む」

 テーブルに全ての料理が運ばれ、ナイフとフォークを各自に手渡す。ノアは料理の香りで目が覚めたのか突然起きだし、料理を口にし始めた。

「これおいしいですね」

 さっきまで寝ていた彼が今は、おもむろに食事を始めた光景に、三人は笑うしかなかった。そんな彼らの様子を見ていたノアは「何かいいことでもありましたか?」と尋ねた。

「ノア、明日から日本での仕事が始まる。一緒に頑張ろうね」

 パトリックはそう言う。

「そうそう。俺らならこんな事件、すぐ解決できるさ。ノア、また勝負しようぜ」

 パーカーがそう言う。ノアは……苦笑いだ。完璧な愛想笑いをしている。

 そんな彼らの会話を微笑ましく見ているルーカス。彼は、この二人なら何があっても大丈夫だろうと感じていた。

「ルーカス~パーカーが面倒です。助けてください~」

 涙目でそう訴えるノアに、「彼なりの愛情だよ」と教えるも、確かに今のパーカーはしつこいな……とルーカス。

 四人は日本での最初の食事を楽しんだ。

 明日から始まる捜査のために、体力の補給だとパーカーは意気込んでいる。

 これから始まる試練に、四人はまだ気づいていなかった―――。


【警視庁 捜査一課】

 翌朝、四人は登庁した。

「ここが日本警察の中枢か……」

 ルーカスは目の前の建物を見上げる。

「警視庁、Metropolitan Police Department、略称はMPD。日本の東京都を管轄とする警察組織……東京都内を十個のグループに分けた方面本部というのがあり、一〇二個からなる警察署を配置。日本最大にして世界有数の規模を誇る警察組織……警視庁本部には警視総監、副総監の監督の下、九つの部があるそうで……」

 ノアは突然、日本警察の象徴、警視庁の説明をし始めた。

「の、ノア……それは警視庁の説明なのか……?」

 パーカーがそう尋ねる。ノアは頷き、説明を続けようとする。

「ノア、日本に来るからって警視庁の勉強したんだね。さすがだ。でも、今は一刻も早く中に入った方が良さそうだ。ほら、就業開始の時刻が迫っているよ」

 ルーカスは慣れているようで、あっという間にノアの話を止めた。そして次の段階へと促す。


 パトリックとパーカーに連れられ、四人は捜査一課へと足を踏み入れた。

 刑事たちの視線がノアに注がれる。

「おお!よく来てくれました!」

 そう言ってノアとルーカスを歓迎したのは、警視総監・羽場秀人である。

「あなたのお噂は耳にしています。アメリカのコールドケースを解決したこともあるとか……。ぜひ、今回のPC事件も解決していただきたい。この事件を解決して、奴らを捕まえましょう」

 彼はそう言って手を前に出す。いわゆる握手だが……ノアはその意味を理解していない。すかさず、ルーカスが助け舟を出す。

「ノア、握手しようということだよ」

「えっと……名前が……は……羽場……」

「羽場秀人さん、警視総監だそうだ」

「あ、警視総監さん……あ、あの……握手します……お仕事、僕は何をしますか……?」

 ノアは今までにないほどの緊張を感じていた。この状況は……とパトリックとパーカーは刑事たちを見回す。案の定、ノアに対し訝しげな眼差しを送っていた。

「捜査長……彼らの目が半端ないです……」

 パーカーはルーカスに耳打ちする。その一言で、彼は何をすべきなのかを一瞬にして察し、自ら自己紹介を始めた。

「どうも、初めまして。私はFBI特別捜査官のルーカス・アンダーソンと申します。そして彼は、ノア・桐生・ジョンソン。彼と接するのは少し難しい点がありますが、コミュニケーションは普通に取れます。そして皆さんと共に捜査を行うこともできますので、捜査上の問題はありません。もし何かあれば、私におっしゃっていただければ幸いです」

 ルーカスの口調は穏やかで、落ち着いている。しかし、彼の眼光は鋭く、「お前たちにノアは傷つけさせない」と語っていた。

 ルーカスの意図を汲み取れた刑事はいるのだろうか……。彼らはただ、ノアに対する不信感しかなく、本当に捜査なんてできるのかと怪しむばかりだった。そして何よりも、彼らの目はまるで汚物でも見るような目だ。

「だから……ノアを連れてくるのは嫌だったんだ……日本人は偏見が多い……」

 パーカーは聞こえるかどうかの声で呟いた。

「ルーカス、僕の仕事は……PC事件を解決するって……あの……デスク……」

 彼をそっと見るルーカス。手が遊んでいた。暇を持て余しているのだ。

「共に捜査をするのであれば、情報を教えていただきたい」

 ルーカスは刑事たちにそう言った。

 誰も何も話さない……一人の刑事を除いては……。

 

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