Chapter1 導入

「硬い!

 硬い!!

 これは、もはやベットではない!

 大地です!」


 永遠に続くかと思われた草原地帯を抜け、たどり着いた冒険者の街ウォードシティー。

 連日の野宿生活から解放され、待ちに待った宿屋のベットは、野原の地面よりも硬かった。


「あんまり文句を言わない。

 何泊もしないといけないんだから。

 お金もないし」


 青髪の少女がため息混じりに諭した。

 『諦めろ』、ということだ。

 それはわかっている。

 でも、愚痴は言いたい。


「いや、でも、さすがに、これはないって!

 犬猫のたぐいが作っても、こんなに硬いベットにはならない!

 これはもはや、宿屋側の嫌がらせとしか思えない!」


「冒険者が使う宿なんて、普通こんなもの」


 愚痴を言って少し落ち着いた。

 が、しかし、これは何とかならないのか。

 思案を巡らせながら、宿の部屋内部を意味なくうろちょろする。


「そんなに嫌なら、エレナが頑張ってかせぐしかない。

 しばらく、この宿にお世話になるから。

 ふかふかのマットでも買ってけばいい」


「でもかせぐって、どうやって・・・」


「闘技場」


「そっか!

 闘技場で戦って勝てば、賞金をもらえる」


「そう」


「ほんとにもらえる?」


「ほんとにもらえる」


「いよっし!

 やる気でてきた!

 待ってなさい、ふかふか!」


 エレナはモチベーションが大幅に上がった。

 『闘技場で戦う』ということは、青髪少女から事前に聞かされている。

 しかし、こんなにも危険な『博打ばくち』をするのだから、それに見合う意義、目的が欲しいところだ。


 それにしても。

 闘技場の報酬とは、いかほどか。

 もしかして。

 ベットマットどころか、宿屋ごと購入できたりするのでは?

 ウォードシティーまでの旅路では、軍資金はすべてこの青髪少女に握られていた。

 これからは、好きなものを好きなときに好きなだけ購入できる。

 大人買いというヤツだ。

 やったね!

 よし、まずは『欲しいものリスト』を作ろう。

 そして、これを適宜てきぎ眺めることで、エレナのモチベーションを高いレベルで維持するんだ!


「ふかふかはいいけど・・・。

 この街に来た目的は忘れてない?」


 青髪少女がいぶかしげに、そう聞いてくる。

 目的は先ほど更新されましたので、今から発表します。


「いっぱいかせぐ」


「ちがう」


「それで、そのお金を元手に豪遊・・・」


「・・・」


 青髪少女は露骨にイライラしている。

 でも、そのイライラしている顔もかわいいよ。


《バコッ》


「痛っ」


 青髪愛用の杖で頭部を殴られた。

 杖の先端は、半透明な『鉱石』を中心とした円形の構造で、その円の外周に4個の十字架型の飾りが付いている。

 その十字架の直角部分が、コンマ数ミリ皮膚にめり込んだ、と思われる。

 青髪少女の物理攻撃力はペーパーレベル。

 が、私の防御力も同じくペーパー。

 普通に痛い。

 お仕置きにはもってこいですね、その杖。


「うー、ちゃんとわかってるよぉ・・・。

 『魔術師になるために闘技場で修行する』、です」


 これ以上、おふざけが過ぎると、お仕置きが『物理』から『魔法』に変わる。

 青髪少女の魔法攻撃力はガッデスレベルだ。

 お仕置きが物理から魔術に変わる境界。

 それを見極めることは、生きる上で非常に重要である。

 そろそろ謝っておこう。

 私は、殴打部をポリポリきながら、数回、速度速めで頭を上下させた。


「私はエレナの先生であって、ツッコミ要員じゃないから」


 青髪少女が通告した。

 そう。

 この青髪の少女は、私の先生である。

 ただ、同時にツッコミ要員でもあると思います。

 ボケたのにツッコんでくれないと、寂しいです。


「はーい、わかってます先生」


 かるーい返答で、童心を思い出す。

 青髪少女は、『ほんとわかってんのかお前』、とか言いそうな表情だ。

 『先生』より『師範』の方がよかったかな。

 と、そんなボケを考えていると・・・。


「最初の授業をする」


 唐突に授業が始まった。

 おそらく、これから闘技場に出向く私に対し、魔術の授業を実施してくれるのだろう。


 この青髪少女は、魔術の天才だ。

 私はいまだ、彼女より魔術の才を持つ人間に会ったことがない。

 間違いなく有用な話が聞ける。

 備忘のためにメモをとろう。


「闘技場では、1日に1人、死人が出ます」


「メモメモっと・・・。

 って、うおいっ!」


 青髪少女はさらっとそんなことを言ってのける。

 私のツッコミは、彼女をすり抜けて壁に衝突した。

 表情を固定したまま、さらに宣告を続ける。


「特に死にやすい人間の特徴は・・・。

 闘技場初心者。

 金目的。

 魔法が使えない」


「全部当てはまるし」


 驚愕の事実。

 私、闘技場に向いてない。

 これって、私は闘技場に行かずに宿に引きこもってろ、ってこと?

 まだ死にたくないですしね。

 それがいいね。

 エレナは『モチベーション・ゼロ』が発動した。


 そして最後に、青髪少女が死の条件項目を1発加える。


「人の話を聞かない」


「それは当てはまらない」


 即答。

 ここで青髪少女の表情から、彼女が次に言わんことを推測してみる。

 『そんなふざけたこと言ってると、マジで死ぬぞ』。

 もしくは。

 『なめんな』。

 辺りかな?


「『当てはまる』に変更します」


 お詫びして訂正いたしました。

 これで死の条件項目、4項目とも該当。

 これ、私にどうしろと。


「これって・・・。

 私に、『死ね』って言ってるのと等価だよね」


 もしかして本当に暗黙的に『死ね』って言われてる?

 この後、明示的に『死ね』って言われちゃうの?

 ふざけすぎた?


「大丈夫。

 いざとなったら私が助けに入るから」


 これは頼もしい。

 彼女なら、どんな強敵が相手でも心配なし。

 知識だけでなく、魔術戦闘の実力も折り紙つき。


 ウォードシティーまでの2人旅の記憶断片が、脳内に複数、ふわふわと浮かぶ。

 肉食獣の群れに遭遇したときは、その頭数を枚挙するいとまもなく爆発系の魔法で一掃。

 森で就寝中、いつのまにか不死系モンスターの集団に囲まれていたときも、封印系の魔法で一瞬で浄化して無力化してしまった。


 爬虫類モンスターの硬い鱗装甲も、氷の槍で易々と穴を開け。

 魔法を使ってくる厄介な不死系モンスターの魔法は、同属性の魔法で全て相殺して無効化し。

 酒場で寄ってきた酩酊男を風の術で吹き飛ばし、床に仰向けになったところで股間を蹴り上げ。

 かわいい見た目からは想像できない、彼女の『攻撃力』を。

 その場に居合わせた全員に見せつけた。


 現時点で、彼女は、私史上最強。

 史上最強の用心棒。

 そんな彼女の庇護下ひごかにある。

 故に、私が闘技場で不運に会う、という、ことは、ない、はず・・・。

 はず、だが、しかし・・・。

 念のため、1点確認したい。


「『いざとなったら』って、具体的にはどの程度の状況なのですか?」


「ろっ骨がはみ出たら」


 青髪少女は無表情で言い放った。

 この少女はイライラ以外の感情が顔に出にくい。

 どこまでが冗談かわからない。

 おびえる私を見て、心の中では笑っているのかもしれない。

 Sかな?


「もう少し早めに助けてもらってもいいですか」


「それじゃ修行にならない」


「はみ出た時点で御陀仏確定っすよ」


 彼女は私を厳しく育てるようだ。

 にしても、厳しすぎませんか?

 現在ゼロのモチベーションがマイナス領域に突入しそうです。


 しかし、私も意味もなく闘技場のある、こんな遠くの街までやって来たわけではない。

 『魔術師として成長しながら、かせいだお金で豪遊する』という本来の目的を、脳内で復唱。

 マイナス領域に突入しかけたモチベーションがプラスに向くように説得する。


 要は単純。

 勝てばいいのだ。

 よかろうなのだ。

 そう。

 私には、『これ』がある。


「まあ、私の『剣技』でなんとかなるでしょ!

 剣の扱いも、だいぶん慣れてきたところだしさー」


 私の得意武器は、『剣』である。

 サイズの大きい『大剣』、小さい『小剣・短剣』というカテゴリーがあるが、私が扱うのはこれらの中間サイズ。

 ここにいたるまでの旅にて、襲い来る魔物への対峙を繰り返した私。

 私が倒せそうな魔物と遭遇した場合は、ノムは手出ししないという取り決めにのっとって。

 剣術パラメータも、幾分上昇したはず。

 上級のモンスターならまだしも、下級のモンスターならば。

 負けることはない。


「剣は使ったらだめ」


「そんなに私のこと殺したいの?」


 何言ってんの、この娘。

 もしかして頭おかしいの?

 それとも、私がモンスターにいたぶられてるのを客席から見て楽しむの?


 ・・・


 渋い顔を崩さないように見つめ続けると、青髪少女は淡々と説明を始めた。


「剣は魔法と相性が悪い。

 剣を使ってるのはみんな魔法を使えない人。

 剣の代わりの武器は、明日買うから大丈夫」


 だめだろ。


「そんな簡単に言うけどさ・・・。

 その武器って、ボタン押すだけで相手を殺せるようなものなわけ?」


 確かに、そんな強力で扱いやすい武器があるのなら話は別だ。

 まあ、そんなもの無いだろうけどね!

 この質問に対し、彼女は何と答えるのだろう。

 質問というよりジョークに近い気がするけど。


 「それじゃ、おやすみ」


 そう言って、彼女は自分のベットに向かった。

 どうやら第1回目の講義は終わったらしい。


 私が闘技場で死なないために、考えるべきことが多々あることがわかった。


 ・・・


 ・・・・・・


「とりあえず寝るか」


 『死ぬときは死ぬ』というフレーズが頭に浮かぶと、私は考えることをやめ、自分に割り当てられたカッチカチベットに向かった。






*****






 次の日。

 新しい武器を購入するため、私たちは街の武具店に来ました。

 適当に視覚情報の収集を行うと・・・。

 斧、斧、斧、斧、槍、槍、槍、杖、盾、おっさん、おっさん、やから、お姉さん、お姉さん。

 流石、冒険者の街。

 朝方にも関わらずのにぎわい。

 この世界の冒険者は、女性も結構多い。

 眼福ですね。


「で。

 私は何の武器を使えばいいのですか、ノム大先生?」


 私の質問に応じて、青髪が揺れる。

 横髪は肩にかかる程度、後髪は肩甲骨くらいまでの長さ。

 彼女の冷静さを象徴するような青。

 この青髪少女の名前は、『ノム』と言います。


 純白のローブを愛用している彼女は、『ウィザード』・・・ではなく『プリースト』。

 ヴァルナ教という宗教のプリーストとして、高いくらいを持っていました。

 比類ないのは魔術に関する知識だけでなく、その向かうところ敵なしの戦闘能力。

 もう大先生と呼ぶしかありません。


 えりそで部は黄金こがね色の素材、すそほどこされた同色の風樹柄の刺繍。

 それらが彼女の神々しさを引き立てるようで。

 青色の髪、そして同色の瞳も、彼女の知性と冷静さを引き立てるようで。

 顔立ちも美しく。


 いい女。

 なんだけどなぁ・・・。


「それじゃあ、魔法と武器の関係について説明する」


 大先生が2日目の講義を開始する。

 集中の先端を、彼女の発言に戻そう。


「剣は魔法と相性が悪い」


「昨日聞いた」


 昨日と同じことを述べてから、先生はその詳細を説明する。


「その理由は、魔導素材を加工しにくいから。

 つまり、良い武器が無い、ってこと。

 なので、別の武器を購入する」


 納得して良いのか、悪いのか。

 『剣』がダメならば、いったい何を買わせるつもりなのか。

 ・・・。

 ここで改めて考える。

 私が闘技場に出場する目的は、『魔術師になること』。

 ならば、熟達すべきは、物理攻撃よりも魔術攻撃なはず。

 と、いうことは・・・。


「杖でしょ!

 ノムも持ってるし。

 魔術師といったら杖でしょ!」


 ただし、それならば。

 ノムが今握っている、その高価そうな杖を、一時的に貸してくれればいいのではないか。

 それならば、この場でムダに散財せずに済むのでは。


 ・・・


 まあ、壊したらめっちゃ怒られそうだけど。


 ・・・


 やっぱり、自分で買ったほうが良さそうだ。


「杖は魔法がうまくなってから。

 魔法がダメなのに杖を持っても、死ぬだけ」


「お願いだから、『死ぬ』って単語使わないでもらっていい?」


 そんなお願いを聞いてくれたのか、聞いてないのかわからない、いつものおすましポーカーフェイスのまま、ノムは正解を発表した。


「今のエレナに合う武器は『槍』。

 もしくは、『斧、長戦斧ちょうせんぷ』」


「槍、斧。

 ・・・。

 両方とも使ったことないですけど」


 扱いにくい武器2種を、さも当たり前のようにピックアップした先生に対し、私は聞いてもらえないとわかった上で軽く反論した。

 ほぼ愚痴のようなものです。


「でも物理攻撃と魔法攻撃のバランスがいいから。

 剣を扱ってたエレナなら、杖よりもうまくやれるはず。

 だから、適当にどっちか選んで。

 それ買ったら、さっそく闘技場に向かうから」


 どちらも死につながるであろう究極の2択。


「うーんじゃあ、こっち」


 そろそろイロイロどうでも良くなってきた私は、深く考えることをやめた。






*****






「毎度っ」

 

 適当に選んだ『槍』をカウンターまで持っていき、年齢不詳、金髪短髪の男性店員に金銭を渡す。

 えりがガッポリ開いた黒シャツに、紫色のダボダボのズボン、筋肉。

 表情は、そこはかとなくニヤついている。


「おまえ、もしかして闘技場行くのか?」


「えっ?そうですけど」


 武器屋という職業柄、闘技場での戦闘に関するアドバイスか何かをくれるのではないか。

 そんな期待が生まれたが。


「死ぬなよー」


 『死ぬ』という単語に似つかわしくない、ヘラついた表情と口調でアドバイスいただきました。

 ほんとに、そういうのやめてほしい。


「死ななかったら、また来ますよ」


 私は、彼と同じような表情と口調を持って返答した。






*****






《おまけ会話: 闘技場に向かう道中で》



「闘技場までもう少し。

 ・・・。

 エレナ、何食べてるの?」


「なんか売ってたから、安かったし、いっぱい入ってるし。

 食べる?」


「それ、なんなの?」


「なんかイカを加工したものらしいよ。

 すごく細長く切って、干して乾燥させてるらしい。

 くせになる味、みたいな。

 んで、食べる?」


「無理。

 イカとかタコとか嫌いだから」


「おいしいのにー」






*****






 武器を購入した後、私たちは闘技場に到着した。

 闘技場は巨大な円形の建物。

 闘技場正門をくぐる直前、改めて見上げる。


 でかい。


 建築の白と空の青。

 『観光』という言葉がふと浮かんだ。

 周囲を見渡すと、非武装の人間も多数見受けられる。

 これが散歩コースなんて、贅沢すぎませんかね。


 少し歩みが遅くなっていたのをノムに指摘され、私は正門をくぐる。


 涼しい。


 太陽光が遮られ、建物内部の照度に慣れるまでに少し時間を要する。

 しかし、視覚情報が希薄でも関係なく。

 ただ単純に、ノム先生に追従するのみである。


 ノム先生について奥に進むうちに、内部観察を楽しめるようになってきた。

 カーブを描いた通路。

 それが、私の両側に、ずっと奥まで続いている。


 今回、本当にお世話になるのは、このカーブの内側。

 ここに、戦闘を行うステージがあり、その周りを囲む観客席があるのだろう。

 そして、その観客席から私が魔物になぶられるのを見てみな楽しむのだろう。

 帰りたい。


「受付、そっちだから」


 ノムの言葉でネガティブな思考が消える。

 彼女が指差した先。

 そこに、誰かがいる。

 薄暗くて、はっきりしないが。

 『受付』という言葉だけで、情報は足りている。


「ノムは?」


「観客席から見てるから」


「さようですか」


 私が死にかけたとき、観客席から助けにくる。

 それで間に合うのか。


 ・・・


 いや間に合わない。

 一緒に来てもらうべき。


 そう思いいたったとき、すでにノムはいなかった。


「行くか」


 ため息混じりにつぶやき、私は受付(仮)へ向かった。






*****






「あら?

 出場者の方ですか?」


 紫の髪。

 肩にかかるか、かからないか程度の長さ。

 青い瞳のかもし出す冷たい美しさ。

 それを、少し上向きの目尻と口角が一旦ぶち壊しにし。


 妖艶さと子供っぽさを兼ね備えた。

 人間観察の結論づけ、悩ましいおねぇさん。


 声をかけられ、視線が交わった。

 おそらく、受付嬢だと思われる。


「はい、一応」


「出場するランクは何にしますか? 」


「ランク?」


 『ランク』というのは、おそらく『相手の強さ』に対応するのだろう。

 ただ命に関わる内容であるからして、詳細な説明をきちんと聞いておきたい。

 そこであえて私は、『よくわからない』といった口調で、その単語をつぶやいた。


「ああ、初出場の方なんですね。

 『ランク=難易度』と考えてください。

 ランクが高いほうが報酬が高くなります。

 もちろん、その分相手も強いです」


 『一番低いランクでお願いします』。

 その発言をする前に、お姉さんが続ける。


「あー、そうそう、この前も。

 初出場なのに高ランクにエントリーした人がいて。

 すごい強そうな風貌ふうぼうの人だったのでめなかったんですけどー。

 ・・・。

 一回戦で死んじゃいました」


「笑顔ですね」


 お姉さんは終始ニヤニヤしている。

 元々そういう顔なのか。

 私をからかって楽しいのか?


 と、いうか。

 初心者に対して『死ぬ』という単語で脅しにかかるこの手口は、初心者いじめの常套じょうとう手段なのだろうか。

 はやってんの?


「あなたは弱そうなのでちゃんと止めますよ」


「言われなくても。

 一番低いランクでお願いします」


 弱そうと言われたが、実際弱いので仕方ない。

 そんな私は、まずは低いランクで闘技場での戦闘というものに慣れるべきだ。


「あー、そういえば、前にあなたみたいに弱そうな人が来て・・・。

 まあ一番低いランクだから大丈・・・」


「わかったから言わなくていいです!」


 もうほんとやめて欲しい。


「ではでは。

 この用紙とこの用紙に名前をフルネームで。

 ああ、こちらは『死んじゃっても文句は言いません』っていうたぐいの誓約書ですので」


「・・・」


「帰るなら今のうち、ってことですよ。

 それでも出場するんならサインしてくださいね」






*****






「それにしても・・・。

 まったく人がいない。

 想像してた闘技場のイメージと全然違うし」


 数分の脳内葛藤の末、誓約書にサインをした私は、闘技場の内部、戦闘を行うステージへと通された。

 想像していた通り、闘技場の中央に戦闘ステージがあり、その周りを観客席が囲んでいた。

 ただ想定外であったのは、その観客席にほぼ人がいないこと。

 というか、1人しかいない。

 私の先生であるノムだけである。


「まあノムがどこにいるかよくわかるからいいけど」


 と、一人つぶやいていると、ノムが大きめのボードに何か文章を書いている。

 そしてそれを私に向けて掲げた。

 どうやら私に何かを伝えたいらしい。

 戦闘の指示かな?


 私はそのボードを注視した。

 えーっと、


『トイレに行ってくる』


「我慢しろ!!!」


 私が叫ぶのが聞こえなかったのか、無視したのか、ノムはすぐに消えてしまった。

 たぶん無視したな、アレ。

 前もって行っとけよ。


 と、私がそんなことを考えていると、


『第一試合を始めます』


 場内アナウンスが流れた。

 私は戦闘ステージに向けて歩き出す。

 と同時に脳内で、『ぐはは!ここがお前の墓場となるのだ』という宣告を受ける。

 さようなら皆様。

 私が死んでも、皆様が私のことを忘れないように、ここで自己紹介をしたいと思います。


 私はエレナといいます。

 とある街で暮らしていましたが、ノムに魔術の才能を見出され、魔術師として最近冒険者生活をスタートさせました。

 容姿は、緑の瞳に緑の髪。

 髪は後ろでってポニーテールにしています。

 服装は軽装、タイトな薄めの生地の軽い服を着ることで、私の特徴である高い敏捷性を損なわないようにしています。

 しかし、新しく買ったこの槍が重いので、その敏捷性も下がった状態です。

 得意な武器は剣。

 ですが、先生の指示で今は持っていません。

 魔法は練習中ですが、まだ実用レベルではありません。

 どうすんのこれ。

 ダメじゃん。

 自己紹介からネガティブな思考に回帰したところで、気づくと私は闘技場のステージに上がっていた。


 この闘技場のステージを中心として私が入場してきた南の入場門の他に、東と西にも入場門がある。

 一方、北にも入場門があるのだが、ここだけ頑強そうな柵が閉じた状態になっている。

 と、その柵の奥に何かが見えたと思うと同時に、柵がせり上がり、入場門が開放された。

 ここから相手が出てくるのだろう。

 相手は・・・


《うーーーーーーーー》


「魔物?!

 人じゃないのか?」


 低い声を上げて入場してきたのは、モンスター。

 入場門から、ステージに向けて近づいてくる。

 否、私に向かってきているのか?


『戦闘、はじめっ!!』


「って、戦闘はじまった!?」


 モンスターがステージに上がった瞬間。

 唐突に試合開始のアナウンスが流れる。


 やるしかない。

 私は、生まれて初めて扱う槍を敵に向けて構える。


 私の闘技場デビュー戦が始まった。





<<vs モンスター ...戦闘中...>>






*****






「はぁはぁ・・・。

 敵は弱いけど、慣れない武器がキツい」


 モンスターとの2連戦を制した私は、荒い呼吸をしながらつぶやいた。

 今回私が倒したモンスター。

 それは、おそらくこの世界で最も弱いとされる『ウニ』と呼ばれるゼリー状のモンスター。


 雑魚中の雑魚でした。

 どこにでも生息していて、動きが遅く、攻撃力も非常に低い。

 そんな相手に私が疲弊しきっているのは、武器の槍のせいである。

 重くて、いまいち扱い方がわからない。

 あと、ウニは『突き』攻撃より、『斬撃』攻撃のほうがダメージが通る。

 槍じゃなくて斧にしておけばよかった。


「今、2戦終わったから・・・。

 次が3戦目で最後か」


 私が出場しているランクでは、3試合行われるらしい。

 疲れはあるけど、まあ次も同じモンスターならいけそうかな。


『第三試合をはじめます』


 私がフラグになりそうなことを考えていると、第三試合開始のアナウンスが流れた。

 否応にも北の入場門を注視する。




<<ヴン・・・ヴン・・・ウン・・・>>




「なんか、でかいの来たし!!」


 現れたのは、私の体よりも大きい岩、もしくは金属の塊。

 これに足と手が付き人型を成している。

 しかし、首から上がない。


 私は記憶を辿たどる。


 これ・・・もしかして。


「『ゴーレム』ってヤツ?」


 過去読んだ、何かの書籍に書いてあった。

 魔術で動かす、人造兵器。

 その本が、『創作』だったか『歴史書』だったかさえ思い出せない。

 しかし、いつだって、目の前にあるのが現実だ。


 私は、再度、観察を開始する。

 ボディー、すごく硬そう・・・、いや、間違いなく硬い。

 この槍で倒せるのか?


<<ゴゴ・・・ガガ・・・、ブオッ!!>>


 ゴーレムはまるでこちらに見せつけるようにパンチを繰り出す。

 準備運動かな?

 あれに当たったら、1発KO間違いない。

 こちらの攻撃は効かず、相手の攻撃は一撃必殺。

 勝てる要素がない。

 ・・・。

 帰るか。


「エレナ!! 」


 観客席、東の入場門の方向から、心折れた私を呼ぶ声がする。

 

「おお、ノム帰ってきてるし!」


 ノムが観客席まで帰ってきていた。

 でも帰ってくるの遅くないですか?

 だ・・・。


「その相手は魔法で倒す。

 この前教えた魔法を試してみて」


「この前、って・・・。

 あの『火のやつ』だよね!」


 ノムに向けて叫んだが、反応がない。

 よく見るとノムは弁当を食べ始めていた。

 もういっそのこと帰れよ!!


『第三試合、はじめっ!!』


 ゴーレム対策が脳内でまとまらないうちに、戦闘開始がアナウンスされた。

 やるしか、なさそうです。

 





*****






<<vs エーテルゴーレム>>


 ステージ上のゴーレムは、何もないところでパンチを繰り返していた。

 挑発されてるのかしら。

 ただこちらとしてはありがたい。

 今のうちに、VSゴーレムの対策をることにしよう。


 まず、ゴーレムの外見から判断して、動きは遅いはず。

 その点、敏捷性に自信のある私には有利だ。

 とにかく逃げる。

 どんな強力な一撃でも、当たらなければ問題ない。


 問題は、こちらの攻撃方法。

 これはノム大先生を信じるしかない。


 旅の途中、私はノムから魔法を教えてもらった。

 最も単純で、最も習得が容易であるとされる、炎の基本魔法だ。

 とはいっても、何回もチャレンジし、いまだ1回しか成功していない。


 ぶっつけ本番。 

 そんな、うまくいくかね。


 しかし、今はこれを成功させる以外に勝算はない。


 相手は鈍足。

 逃げては魔法にチャレンジ、逃げては魔法にチャレンジ。

 これを繰り返せば、いつかは、魔法が発動するはず。

 これで勝て・・・


 そう考えた瞬間、私の思考が止まる。

 眼前、視覚情報から反応!

 反射的に槍を両手で持ち防御の姿勢を取る。

 同時に、その槍に向け、何かが突進してきた。

 ゴーレムだ!


 動き速くない!?

 しかし、防御動作は間に合っている。

 とにかく耐えて、体勢を立て直して・・・

 それから・・・


《ガギャン!!!!》


 刹那、私は真後ろに吹き飛ばされた。

 槍を起点として、体中に衝撃が広がる。

 私の腕力、防御力ではこの巨体の突進に耐えれえるはずが無い。

 そりゃそうですね!


 ステージ南方に吹き飛ばされた、私。


 やばい!

 速く体勢を立て直さないと次撃が襲ってくる。

 やばい!


 戦慄せんりつの思考で、ガクガクする体を無理やり起こし、前を向く。


 ・・・


 見つめた先。

 ゴーレムはうつ伏せに倒れていた。

 ゴーレムの背中に刻まれた魔法陣の模様を、今なら細部まで確認できる。

 緊張が解けていく。


 なんで?


 おそらく、ゴーレムは『突進』、したのではなく『飛び掛った』。

 攻撃後のディレイを覚悟した『捨て身タックル』。

 そんな予測。


 ただ、これは。

 チャンス到来!

 今のうちに魔法の発動準備を・・・


 とか思考を巡らしている間に、ゴーレムは巨漢にしては機敏な動作で起き上がった。

 もう少し寝ててよ。

 少々がっかりしながら、私は策の再構を開始する。


 このゴーレムは瞬間的にならば高速で動ける、らしい。

 魔法発動の素振りを見せれば、それを見て、それをトリガとして、先ほど同様に飛びかかられるだろう。

 魔法発動のための時間。

 それを、どうやってかせぐか。

 !!!


<<ガッ!!>>


 ゴーレム。

 巨岩の如き体躯。

 それが、私目掛けて跳躍。


 持ち前の敏捷性を持って、これを回避する私。

 前回よりも脳内に余裕あり。

 すぐさま対象を目で追いかけ、その背中の魔法陣を視認する。

 倒れたゴーレム。

 体が、徐々に、徐々に持ち上がる。


 先程見たのと同じ光景。

 それを受け、私の戦略は完成した。

 先の軟体生物との2戦で疲労がたまっており、ゴーレムの突進攻撃を、あと何回避けることが可能かわからない。


 守る案と攻める案。

 それらが、完全に同スコアで脳内に存在しているならば。

 

 諦観が冷静を産み。

 冷静が戦略を産み。

 戦略が集中力を産み。

 集中力が恐怖を殺す。

 

 ふと、ノムが、『私は戦闘になると少し人が変わる』と言っていたのを思い出した。

 自然と、今は。

 死の恐怖が、やわらいでいるような。


 ・・・。


 思い出せ。

 ノムから教わった魔法の発動方法を。


 私は魔法を発動すべく、槍を左手に持ち替え、右手を前へ突き出す。

 魔力を手のひらから体外に押し出す感覚で放出し、丸い塊になるようにイメージしながら収束させる。


 本来ならば。


 私は魔力を収束させない。

 収束させる『ふり』を続ける。

 この動作は『囮』だ。


 ここでゴーレムがピクリと動く。


「来る」


 次の瞬間、ゴーレムが飛び掛る。

 見計らった、そのタイミング。

 槍を捨て、回避。

 私の横を、ゴーレムがすり抜けていく。

 その姿を。

 視覚情報として確実に取得する。


 背中の魔法陣。

 ゴーレム、転倒を確認。

 と同時に、手のひらをゴーレムに向け突き出し、魔力収束を開始。

 

 炎。


 炎。


 炎。


 炎!


 お願いします。

 来てください!


 が、残念。

 手のひらの先には視覚的な変化がない。

 これ魔力集まってるの!?

 変化が微塵みじんもないんですけど!


 伸ばした手の先で、ゴーレムが起き上がりの動作に入る姿が確認できた。


 その視野に、赤い光。

 私の手のひらの先に。

 淡い赤の光が、急速にその輝度を向上させる様。

 その光景は、私に。

 興奮をもたらした。

 

 ゴーレムはすでに立ち上がっている。

 そして、私を視界に捉えると、一時、動作停止。


 すぐに再び飛び掛ってくる。


 それがわかっていても。


 私は。


 顔面の存在しない。

 その相手を凝視して。

 いやらしく笑った。


 ゴーレムがピクリと動く。


 同時に、私は、ノムの言葉を思い出す。


『この魔法は、炎の純術『バースト』。

 別称『プライマリバースト』、『バーストブレッド』。

 どれも同じなので、好きな名前で呼んでいい』


<<ガッ!!>>


 ゴーレムが加速、跳躍。

 それと同時に私は叫んだ。


「バーストブレッド!!!」


 収束が完了したのかどうかわからない。

 未成熟な魔力球が、ゴーレムに向けて放たれる。 

 そして・・・


<<ドドーン!!>>


 激しい炸裂音と衝撃に、私は目を細めてひるむ。

 巻き上る砂塵により、視覚情報の信頼度が下がる。

 体の筋肉は緊張させ、『私の魔力程度では、ゴーレムの突進を防げない』というワーストケースに、最低限備える。

 

 しかし。

 恐れていた、覚悟していた、その痛みは。

 いつまでも、やってこなかった。


 ・・・。


 少々の時間経過の後。

 聴覚は何も拾い上げない。

 私は目をしっかりと開き、『結果』を見る。


 ゴーレムはステージの外、場外まで吹き飛び、腹を見せる格好で倒れていた。


 ・・・


 お願いだから立ち上がらないでください。


 そんなことを願ったとき、


『勝負有り』


 場内アナウンスが、試合終了を告げた。


 




*****






「あー、なんとか生きて帰れたー 」


「おつかれ」


 私が今無事に生きていることを実感してしみじみしていると、ノムが素直にねぎらいの言葉をかけてくれた。

 そんな彼女に1つ、聞いておきたいことがある。


「ってかさあ、最後の相手。

 あれは何なの?」


「エーテルゴーレム。

 魔法で動く人形、みたいなもの」


 やはり、ゴーレムでした。


「人形っていうより、岩みたいな感じだったかも」


「だから物理攻撃は効きにくい、魔法が効果的」


「そういうの、事前に教えてもらっていいかな」


 おそらくノムは今日対戦する相手の情報を知っていたのだろう。

 そんな気がする。

 ならば、先に敵の情報を教えてくれててもいいはずだ。

 あと、人が死にそうなときに、トイレに行ったり弁当食べたりしないで欲しいです。


「ちなみに、闘技場には魔法しか効かない魔物もいる。

 物理攻撃に耐性を持ち、かつ炎系魔法にも耐性を持つ魔物もいる」


「私、魔法は炎しか使えないけど」


 すでに詰んでるじゃないですか。


「だから私が今から教えていく。

 今日は弱い相手しかいないってわかってたから、あえて何も言わなかった。

 ゴーレムは動きが遅いから、逃げるのは簡単だし」


「・・・言いたいことはたくさんあるけど、

 とにかく今日は宿に帰って休みたいです」


 今はあの硬いベットでさえ愛おしい。

 私が、疲れてますオーラを最大限に発揮しながら伝えると、


「だめ、今から魔法を教えるから」


 と一蹴された。

 疲れてますオーラ、ちゃんと出てなかったかな。


 魔物よりも何よりも、ノムが一番怖いかもしれない。

 そんなことを考えながら。

 私の闘技場生活が始まったのでした。

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