逢魔降臨編

第2話ここにはいない誰かより

序章1 ここにはいない誰かより


 鬼ヶ島……俗に亜人と呼ばれるうちの1種族、鬼族が里を築いている小さな俺の故郷だ。

 100人ほどしか住んでいないこの島では事件など年に数えるほどしかない。


「じいちゃぁぁぁぁぁぁん!!! 死ぬ! そろそろマジで死ぬ!! 助けてぇぇぇぇ!!!」


 まあ、そんな平和な島で俺は今死にそうなんだけどね。

 育ての親であるじいちゃんに稽古を頼み込んだ結果がこれだ。


 どうやら、うちのクソジジイに手加減なんて言葉は通じなかったらしく、一体数メートルはある牛の群れに放り投げられた。


真宗まさむねよお。流石に家畜の魔獣一匹絞めれねーのは俺でも引くぞ」


 俺の叫び声に対して、この上ないほど気だるそうに返事を返してくるのがさっきから話題に上がっている俺のじいちゃん、鬼丸おにまるだ。


 文句を言いながらも、自分の刀を引き抜き、さっきまで俺を追いかけ回していた牛たちを細切れにしていく。

 流石にちょっとだけ可哀想だけど、今は疲労と安堵が一気に押し寄せてきたせいで、そんな感情は直ぐに消え去ってしまった。


「ぜぇ、ぜぇ。武器も持たせずに、いきなりぶん投げたの誰だったかなぁ!?」


「知らね」


 おい、こっち向けよクソジジイ。目逸らしてんじゃねぇぞ……帰ったら家にある酒瓶の中身をトイレの水に変えといてやる。


 ちなみに、じいちゃんとは言っても見た目はだいぶ若い。多分30代って言っても通じるんじゃないかな。


 しかも顔は恐ろしいほど整っているから、島の外に出たらだいぶモテると思う。いや、ないか。性格ゴミだもん。

 さっきだって、軽い気持ちで修行をつけてくれと頼んだら、いきなり首根っこ掴まれてぶん投げられたし。


 加えて、孫が涙目で逃げ回る様を見て5分ほど笑い転げる鬼畜っぷり。本当に鬼だよこのジジイ。


「はぁ、マジで死ぬかと思った」


「ぶっははは! お前の顔傑作だったぜ。雷刃らいは達にも見せてやりたかったくらいな」


「クソジジイが。人の気も知らないで……」

 

 俺がこのスパルタ修行を受けている理由は、ひと口に言えば、じいちゃんのためだ。

 3年前に起こった大きな戦争で、じいちゃんはとある呪いを受けた。


 その効果は、10年後に死亡するというありきたりだが割とえげつないものだ。

 そして、解除する方法はたった一つ。呪いをかけた張本人、『魔王ヒルデガルド』を倒すことのみ。


 一応こんなでも家族だし、なんとかしてやろうと思って修行を頼んだのに、頼んだのにこのジジイは――


「いつまで笑ってんだよ!!」


「しょーがねぇだろ、マジで面白すぎたんだからよ。ぶっ、あっははは!!」


「うるせぇ! もう帰るぞ!」


♦︎♦︎♦︎


 そんなこんなで、終わってなお笑い続けるじいちゃんを無理矢理引きずりながら家へと戻ってきた。


 じいちゃんが着ている着物の襟元えりもとを掴んで引っ張りつつ扉を開けると、見慣れた金髪の少年が座ったまま、先程俺を追いかけ回していたやつと同じ牛を血抜きしているのが目に入る。


「おっ、雷刃帰ってたんだ」


「おー、マサ。おかえり」


「俺も居んぞ」


「なーんだ、じいちゃんも居たのカ」


 余計なことを言ったせいで拳骨を喰らっているこいつは、俺の兄、雷刃だ。

 黒髪で前髪の一部だけが金髪になっている俺とは真逆で、雷刃は金髪に一部黒髪が混じっている。

 

 双子だから同じ顔のはずなんだけど、金髪の方が映えるのか、雷刃の方が美形に見えるんだよなぁ。


「ってマサ、ズタボロじゃねぇカ!」


「いやぁ……っははは」


 無言のまま、乾いた目でじいちゃんの方を見ると、何かを察したのかため息をついた雷刃はそれ以上追及はしてこない。ただ無言でじいちゃんの頭をぶっ叩いていた。


「なぁ、マサ。そんなになるくらいだったら、修行なんてやめたら――」

「そういうわけにはいかねぇよ。一応、これでも目標持ってやってるしな」


「は? なんだよそれ。つーか、目の周り真っ赤だけど?」


 笑いながら聞き返してきた雷刃に対して、大きく息を吸ってから胸を張り応える。


「俺、切れ痔なんだ」


 その後の雷刃の呆れたような沈黙と、じいちゃんのヤバい奴を見るような視線から、俺は何か盛大にやらかしたのだと悟った。


♦︎♦︎♦︎


3年前――


 燃え盛る町の中、2人の男女が向かいあっていた。

 男の方は鬼もかくやというほどの巨漢。否、額に角があるところを見れば本当に鬼であると分かる。


 女の方は20代前半といったところであり一見すると男女の逢瀬に見えなくもないが、その感想は燃え盛る町と傷だらけの男を見ればすぐに勘違いだと気づく。


「なにが目的だかしらねぇけどな。俺を殺しても何も変わりゃしないぜ。メギド」


 喉の火傷のせいで掠れた男の声にやけにハスキーな女の声が答える。


「知ってるよん。だからあたしはアンタの命まではとっちゃいない。それにあたしは主様の天啓に従ってるだけ。いわば操り人形さ。だからあたしに目的とかそういうんはないよ」


 女の声や仕草からは、感情というものが感じられず、当人の言うとおり“操り人形”と言う言葉がよく似合っていた。


「っていうかさぁ、もうそろそろ限界なんじゃない? 鬼丸くん」


「あん?そんなわきゃねーだろ俺のどこみ――」


 そこで男の、鬼丸の意識は暗転した。後に呪いを受けることとなるこの事件こそが、全ての始まりとなる『第三次領土統合戦争』である。


…………………………………………………

To be continued


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