第93話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その25 『ウォールラン・メッセンジャー』

 空中を走る浮遊自動車ホバー・カーを横目に見ながら、二百メートル級超高層建築物群が形作る渓谷を壁伝いにひた走る。俺のグローブと靴の分子間力調整機能が上手く働いて、垂直の壁面をしっかり掴んでは離す。ビル窓からこぼれる室内灯の光、コンクリート壁に張り付いた電飾看板、古式ゆかしいネオンサイン、空中投影された広告立体映像アド・ホロ。日が落ちてもこの街には光が溢れている。

 増改築を繰り返し、入り組み、高低差が激しいこの都市では、輸送コストがなかなかにかさむ。特にちょっとした小物だけを運ぶのは、まともにやるとリスクにリターンが見合わない。なんの対策もなしに小型ドローンの類を使おうとすればドローン狩りに遭うし、容易に落されない高靭ドローンは超高級品だ。

 そこで、俺たち『ウォールラン・メッセンジャー』の出番だ。俺たちは全身義体の強化された身体能力で、街を縦横無尽に駆け回り、荷物を配達する。誰かがポチった商品とか、緊急を要する医療品とか、企業から預かった怪しい記憶媒体とか……いろいろだ。

 俺は自分の仕事に誇りを持っている。ビルからビルへと飛び回るのはただでさえ危険だし、最近はドローン狩りからメッセンジャー狩りに転向するチンピラどもも多いと聞く。しかしだからこそ、完璧な配達ができた時の喜びはひとしおだ。それに、危険な分実入りも良い。

 今日配達しているのは、『アッロルトラーナ』の夏野菜ピザだ。どこぞの金持ちが熱々の本格ピザをご所望らしい。直線距離にして3km、普通の配達業者に頼めば半日は掛かる配達を、俺なら5分で完遂できる。俺はピザを決して冷やすまいと、夜の街を駆けていく。

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