第91話 アクションコメディ掌編を書いてみよう 『パイナップルジュース拷問法』
俺の名はジム・ギムレット、私立探偵だ。依頼を受け、地元マフィア連続失踪事件の調査をしていたのだが……しくじった。いろいろあって、いま俺はパイナップルジュースがたっぷり入ったブリキのタンクの中にいる。全裸で、手錠を掛けられており、なかなか屈辱的な姿だ。
「無様だなギムレット……無様過ぎて笑いが止まらんよ。ふっふっふっ!」
頭髪の薄い小太りの男が俺を倉庫の一段高いところから見下ろして高笑いしている。男の名はプレイリー・オイスター。『オイスターバー』と呼ばれる犯罪シンジケートの首領であり、脱獄の天才、そして俺の永遠のライバルだ。
オイスターは偽名を使い、いまはパイナップル農園の経営主をしているようだった。この倉庫も、奴のパイナップル農園の敷地内にある。俺は攫われた地元マフィアがパイナップル農園に連れ去られたことを掴み、情報を得ようと踏み込んだところ、オイスターの部下に不意を突かれ捕まってしまったのだ。
「三十二回もブタ箱にぶちこまれてもまだ足りないか、オイスター」
「お前の減らず口は相変わらずだな。しかし、そんなことを言っていられるのもいまのうち……。俺が考案した『パイナップルジュース拷問法』は辛いぞ~。筋入りのマフィアですら口を割った。お前が浸かっているのは、俺の農園で取れた未成熟のパイナップルを絞った特製ジュースだ。パイナップルの果実にはタンパク質分解酵素が含まれているが、未成熟のものほど酵素の働きが強い。お前の皮膚はいまも徐々に溶かされている。そろそろ、肌がヒリヒリしてきたろ?」
オイスターはいやらしい笑みを浮かべて言った。オイスターの言う通りだった。どことは言わないが、皮膚が薄いところがすでにむず痒く痛んでいる。いまは十分我慢できる苦痛だが、劇的な痛みではないぶん、これから訪れるであろう痛みやそれが長引くであろうことがありありと想像できる。『パイナップルジュース拷問法』、見た目は馬鹿馬鹿しいが、えげつない拷問法だ。いかにも、オイスターの野郎が思いつきそうなことだ。
「ギムレット、お前には苦しんで死んでもらうぞ。俺が苦しんだぶんな。お前のおかげで俺は何回自分の関節を脱臼させたかわからん。許しを請いながら、溶けた皮膚から滲みだす血で出血死する様をここから見ててやろう。完熟パイナップルジュースでも飲みながら、な……」
オイスターは瓶詰のジュースをワイングラスに注ごうとした。しかしその瞬間、ワイングラスが跳ね、完熟パイナップルジュースは机へ盛大にこぼれた。
「なんだ!? 地震か? おわーっ!!」
驚くオイスターの背後の壁が崩れ、倉庫内にデカいトラクターが突っ込んできた。オイスターががれきの下敷きになる。トラクターに乗っているのは、信じられないくらいのくせっ毛をした黒髪黒メガネの女性だった。麗しの探偵助手、ナガシマ・チャチャだ!
「助けに来たっすよ、所長!」
ナガシマはトラクターから降りて、背中に担いでいたライフルで俺の手錠を撃った。自由になった俺はパイナップルジュースの風呂から這い出た。
「見苦しい! さっさと逃げるっすよ!」
そういうと、ナガシマは自分の上着とライフルを渡してきた。
「おっと失礼」
俺はありがたく二つとも受け取り、なんとか猥褻物陳列罪で逮捕されない格好になった。ナガシマに続いて、トラクターに飛び乗る。ナガシマはトラクターを切り返し、走らせた。トラクターがパイナップルを粉砕しながら、農場を爆走していく。
「俺の可愛いパイナップルを……! おのれギムレット!。お前らなにぼさっとしてる! 追え。逃がすな!」
がれきの中からオイスターが部下へ激を飛ばす。突然の闖入者にぽかんとしていたオイスターの部下たちが動き出す。
「ギムレット探偵事務所の暴力担当! お願いするっす!」
「任せとけ!」
俺はライフルを構え。オイスターの部下が乗るトラクターのタイヤを狙い、引き金を引いた。タイヤが破裂し、トラクターが制御を失うのを見て、俺はガッツポーズを決めた。
「よし。これで追ってはこれまい。それにしてもナガシマ、よく俺の居場所が分かったな」
「それを話すには長くなりますけど……聞くっすか?」
「おう、聞きたいな」
「実は、かくかくしかじかで……」
ナガシマの話は本当に長かった。長編小説が一本書けそうなほどに。それは流石に描き切れないので、ここでは省略する。
俺たちは農場を脱出し、すぐ警察に事の顛末を通報したのだが、オイスターは逃げおおせたようだった。地元マフィア連続失踪事件は地元の裏社会に食い込もうとしたオイスターの犯行ということで片が付いた。のちの警察の調べによると、俺が入っていたブリキのタンクの底には、数人分の人骨があったという。それを聞いた時、流石に背筋が凍った。ナガシマにはまた借りができてしまったようだ。ボーナスの増額を検討しながら、俺は今日も新しい依頼に取り掛かるのだった……。
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