第85話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その21 『顔』

 今日、俺は念願叶って自分の顔を変えた。生の顔面をフェイスパーツに置換するのは初めてだった。オーダーメイドには流石に手が届かなかったが、型落ち品の良い顔がセールになっていたので、思い切って買ったのだ。

 手術をして目覚め、初めて新しい自分の顔を鏡で見たとき、俺は心底感動した。俺の顔は、動画で見る二枚目アイドルもかくやというほどのイケメン顔になっていたのだ。フェイスパーツ置換は人生を変えるというが、これは確かに変わりそうだ。俺は新生活に胸を躍らせた。

 フェイスパーツ置換をした後、俺は夜の街に繰り出したり、意味もなく一張羅を着てその辺をぶらついたりした。こんなにイケメンになったのなら、劇的にモテ始めるのではないかと思っていたが、残念ながらそんなことはなかった。しかし、なんだか他人からの態度が良いような気がする。そもそも、自分の顔が自分で見て美しいというのは気分が良い。

 しばらく俺は上機嫌でいたのだが、そのうちに新しい顔の問題点に気付き始めた。街を歩いていると、よく他人に間違えられるのだ。そして、俺と同じ顔の他人とすれ違う。よく考えれば、オーダーメイドでもカスタム品でもなく、既製品の顔を買ったのだから、同じ顔を買った他人がいるのは当然のことだ。しかも、音で調べてわかったことだが、俺が買ったのは昔のベストセラー商品の売れ残りらしかった。どうりで同じ顔の他人がたくさんいるわけだ。

 それでも、同じ顔の他人とすれ違ったり、よく他人に間違われるくらいのことは、まあ、どうでもいいことだ。ただ、仕事の取引先に同じ顔の人間がいたのは、流石に気まずかった。

 俺は悩み始めた。いまの顔は気に入っている。しかし、同じ顔の他人がいっぱいいるというのは、どこかで厄介なことに巻き込まれるのではないか。たとえば、俺と同じ顔をしたやつが人殺しをして、その報復で俺が撃ち殺されるなんてことすらありそうだ。そこまで行かなくても、同じ顔のやつが万引きでもした店に入ることくらいはあり得そうだ。

 悩みに悩んだ俺は、フェイスパーツを小改造することにした。カスタムが前提の品ではないが、俺と同じ悩みを抱える人間はごまんといて、それに対処する方法も確立されているらしい。

 俺は顔に口元にほくろを入れ、鼻をすこし低くした。本当は目元にほくろを入れて、鼻を高くしたかったのだが、そういう小改造は人気らしいのでやめにした。

 心機一転、俺は三代目の顔を手に入れた。ほくろと鼻を低くするだけでも、けっこう顔の印象は変わるものだ。イケメン度はやや低くなったが、なかなか味のある顔に仕上がった気がする。

 俺はこれでもう顔は被らないぞと思い、再び取引先に赴いた。そして、俺は驚愕した。以前、俺と顔かぶりをしていた社員が俺と同じような小改造を施していたのだ。ほくろの位置は完璧に同じ。違うのは、相手が鼻を高くしていたところだけだった。ここまで行くと笑うしかない。相手も笑っていた。

 意外なことに、俺たちはそれが縁で仲良くなり、会社のことは抜きにしてたまに飲みに行く仲になった。顔の選び方が同じだけあって、俺たちの趣味は似通っていた。二人で街を歩いていると、よく「双子ですか?」と聞かれる。俺たちは決まって、「顔の似た他人です」と答えて、笑うのだった。無二の友人を得て、俺は自分の決断に誇りを持った。まったく、友情とは奇特なものである。

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