第79話 登場人物が一人の掌編を書いてみよう その6 『家鳴り』

 私はかつて家鳴りを恐れていた。寝床に入っても眠れずに、見るともなく天井を見ていると、いろんな音が耳に入ってくる。どこか遠くの方でするバイクの空吹かしの音。時計の秒針のカチカチという音。そして、なにかが軋む音。子どもの頃の私は、家鳴りという物理現象をまったく理解していなかった。なにもせずとも、ものは湿気や温度の変化で、膨張したり収縮したりして、音を立てることを知らなかった。

 その頃の私にとって、音とはなにかが動かないと発生しないものだった。屋根裏の方から音がしたなら。屋根裏でなにかが動いたことになる。ねずみか? 幽霊か? それとも、泥棒が屋根裏に潜んでいるのだろうか? そんなはずはないと思いながら、私は布団の中で想像を膨らませていた。

 当然、大人になったいまでは、そんなことは考えない。家鳴りがしても特に気にも留めない。それでも、ときおり寝床に入っても眠れずに、見るともなく天井を見ていると、いろんな音が耳に入ってくる。どこか遠くの方でするバイクの空吹かしの音。時計の秒針のカチカチという音。そして、なにかが軋む音。しかし、音源のはっきりした音も、私の恐怖心や想像心をもう刺激しない。

 聞こえる音は昔となにも変わらない。だが、私は変わった。知識がついて、大人になった。それだけだろうか? かつては、些細なことでも広々と広げることができた想像力の翼が、ずいぶん小さくなってしまったように思える。だから私は、あえて考えてみる。気まぐれな幽霊が夜風に吹かれて飛んできて、屋根裏に居つくところを。

 児戯ではある。しかし、こういった妄想でこそ、縮こまった想像力の翼を広げてやることができるのではないか。私はそう思うのだ。

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