第80話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その20 『四本腕』

 ちょっとした間違いで、私の脚が腕になってしまった。担当した馴染みのサイバネ技師によると、サイバネ四肢一セットを発注しなければいけない所を、サイバネ腕二セットを誤発注してしまい、それを手術の直前に気付いたので、ないよりマシかと思って脚を付けるべき部分に腕を付けたらしい。ちょっとどころの話ではない

 よく脚に腕を付けられたものだと私が言うと、「最近のサイバネはモジュール化が進んでますし、自ら脚を腕に変えたい人間もいるんで、ちゃんと手法があるんですよ」とサイバネ技師は言った。ヘラヘラ笑うものだから、四本に増えた腕で一発ずつひっぱたいてやった。サイバネ技師は懲りずに笑い、「そんなに動かせるなら再発注までの二か月間も大丈夫そうですね」と言った。私はサイバネ技師を四発殴った。

 ヤブ野郎にうだうだ言ってもしょうがないので、私は四本腕での生活を始めた。腕で歩くのは難しいので、四本腕で這うことになる。腕立て伏せを常にしているようなものだから、当然辛い。私は外出は不可能だと判断して、ずっと家に籠っていた。幸い、私の仕事は家から出ずに済むので、同僚たちにこの姿を笑われることはなかった。ビデオ通話をするときも巧妙に下半身を隠して凌いだ。

 風呂に入ろうとしたら、危うく手が滑って溺れ死ぬところだった。次の日からはシャワーだけで済ますことにした。トイレをするのも低い位置から便座に座らなければいけないから一苦労だ。床に四本腕でべたべた触るのも不衛生なように思えるので、スリッパを二組買い、前の手と後ろの手に履くように工夫する。

 初めは大変だったが、だんだん四本腕の生活にも慣れてくる。腕も四本あると意外と便利だ。私はいつの間にか、仕事をしながら食事を摂るくらいのことは朝飯前になっていた。頑張れば、前や後ろの手だけで二手歩行もできなくもない。

 そんなこんなで、二か月が経ち、私は再び手術を受けることになった。麻酔から目覚めたとき、私の後ろの腕はちゃんとした脚になっていた。喜んで歩いてみようとすると、できない。私はこの二か月で、脚での歩き方を忘れてしまったようだった。

 サイバネ技師はまたヘラヘラ笑って、「また脚に腕を付け直しましょうか」と言った。古い付き合いだから、良くも悪くもこいつがどんな時も笑いを絶やさないやつだと知っている。しかし、今回ばかりはトサカに来て、前の手だけで立ち、そのままサイバネ技師の頭を思い切り蹴りつけた。サイバネ技師は赤く腫れた顔で、「そんなに動かせるなら、歩けるまで二か月掛からんでしょう」と言った。そうならいいがな、と言い残し、私は二手歩行でクリニックを去った。

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