第77話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう その19 『一服』
災難だった。たかだか旧下水道にたむろっている浮浪者を掃除するだけの仕事だと油断していたのが間違いだった。作戦開始から30秒で、強襲チームの8割が殺られた。軍用グレードの高速近接戦闘特化サイボーグがなぜか浮浪者に紛れていたのだ。弾丸を躱し、装甲車ですら真っ二つにできる相手に、せいぜい小火器しか持ち合わせていない俺たちが敵うはずがない。傭兵を集めた即席のチームだったこともあって、予想外の事態に総崩れ。まともな抵抗や組織立った撤退すらできずに、ひとりまたひとりと狩られていった。
そんな俺も狩られたうちのひとりだった。カタナで逆袈裟に切り付けられたときは流石に死を覚悟した。しかし、身体機械化率が高かったのが幸いし、胴から下を失ってもこうして生きている。仲間たちの死体に下敷きになっているおかげか、見逃されたようだ。
廃材で作ったバラック小屋に、死神が潜んでいることを予測するのは難しい。今日のことは不幸だったと割り切るしかない。
強化された聴覚で、カタナ野郎と浮浪者たちが遠くに去っていくのを確かめてから、俺は死体の中から這い出た。
「ああ、くそ。ひでえや」
辺りは血と肉とクロームが混然一体となっていて、沼のようになっている。俺は両腕で赤い沼を這い泳ぎ、壁に背を預けた。胸ポケットからタバコを取り出して咥えたところで、ライターは俺のズボンのポケットにあることに気が付いた。
「馬鹿が。なんでライターを煙草と一緒のとこに入れとかなかったんだ俺は」
あたり一面に広がる人体のパーツを見て、俺は舌打ちをした。この中から俺の下半身を探すのは骨だ。
「あるよ。ライター。私の胸ポケット」
血の沼から声がした。よく見てみると、半ば沼に埋没した金髪の女の口が動いている。
「モルモーか、よく生きてたな」
俺はモルモーの肩を掴み、そのまま引っ張った。モルモーは両腕とみぞおちから下の身体を失っていた。これでは身動きが取れないわけだ。モルモーの身体を壁に立てかけてやり、胸ポケットを探ると、銀色のアークライターが出てきた。
「ありがてえ」
「私にも一本」
「おうよ」
俺は煙草を二本口に咥えて火をつけてから、一本をモルモーの口に咥えさせた。モルモーは目だけをこちらに向けて言った。
「パイク、あんた煙草辞めてたんだ」
「最近は人工肺のクリーニング代も馬鹿にならんからな」
一口吸うたびに、煙草に含まれたデザインド・アルカロイドが、神経系に作用していくのを感じる。だんだん頭が冴えてきて、身体の底から力が湧いてくる。戦闘サイボーグ用のバカ高い煙草だが、持っていてよかった。
「さて、そろそろ行くか」
俺は煙草を最後まで吸い、吸殻を血の沼に吐き出した。吸い殻の先の火が血で消えて、ジュっと音を立てる。
「どこいくの」
「地上と通信できるところまで。回収屋を雇う」
「私の分も頼むわ」
「もちろん。ライターの恩は忘れてねえ」
俺は両手を使って下水道を這い始めた。後ろからモルモーの声が聞こえてくる。
「パイク! あんたはまだこの仕事続ける?」
「いや、今日ので悪運を使い切っちまった気がする。隠居を早めるよ」
「そっか、私もそうしようかな」
「そうしろ。なら、俺の別荘に案内しても良い」
「昔言ってた山奥の」
「ああ」
「……まあ、それも悪くないか」
俺たちの会話はそれで終わった。俺は両腕に力を入れ直して、暗い下水道をずっと這って行った。
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