第76話 SF掌編を書いてみよう その2 『マスキング』

 午前一時にメロンソーダを飲みたくなったので家を出た。目指すは最寄りのコンビニだ。できるだけ大通りには出ずに、住宅地を進んで行く。大通りに出ると、広告やら仮想看板やらが拡張視野ゴーグルへ大量に投影されるので、うざったくてたまらない。

 外はすっかり寒くなっていて、マスクの中で吐息が結露している。深夜の住宅街はしんと静まり返って、ぽつぽつとある街灯以外に明かりはない。夜中にこうして出歩くたびに、いつも世界がこうだったらいいのになと思う。

 コンビニに着く。店内では、新商品の販促が視野の端にいちいち表示されて気障りだ。メロンソーダが置いてある場所は把握してあるので、一直線に歩いていく。ペットボトル二本を掴んで、レジに向かう。

 店員に袋は要らないですポイントカードもありません作りませんと言って、会計を済ませる。店員の顔はモザイクがかかっていてわからない。拡張視野ゴーグルに入れた、人面マスキング機能のおかげである。私は人と面と向かって関わるのが嫌いだ。より正確に言えば、人間の顔と人々が顔に見出す意味の重さが嫌いなのだ。

 人間の顔は、ただ表層構造の一部でしかないのに、あたかもその人そのものであるかのようなをしているのが気にくわない。表情なんてものはいくらでも偽れる。顔は顔でしかない。指紋が指紋でしかないように。それで個人を見分けることができる、という機能を持つことがそんなに大したものなのか、とも思う。特に、顔の美醜は悪徳と悲劇しか生まない。

 私は他人に顔を見られたくないし、他人の顔も見たくない。だから私は外に出るとき、拡張視野ゴーグルを掛けマスクをする。知り合いに会うときも、顔以外に人を見分けられる方法はいくらでもあるので苦労はしない。拡張視野に個人IDを表示させれば遠くでも雑踏でも一目でわかる。拡張視野が市井に普及していない時代に生まれていたらと思うとゾッとする。

 二本買ったうちの一本のメロンソーダを飲みながら、帰路に着く。わざとらしい色と甘さがたまらない。身体は冷えるけど、それがまた乙で良い。冷たくなった鼻を感じながら、家に帰ったら熱いシャワーを浴びようと私は思った。

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