第74話 登場人物が一人の掌編を書いてみよう その3 『引斥石ゴーレム』

 リリニア王国の西端にあるドレグ山脈には、すり鉢状の岩石地帯がある。『魔王のへそ』と呼ばれるこの土地では、特異な性質を持つ岩石類が多く出土する。その岩石はかつて『魔王のへそ』に墜ちた巨大な隕石の一部だと伝えられているが、さだかではない。

 私が『魔王のへそ』の外縁に居を構えてから、かれこれ3年になる。学院で魔石学を修めた私にとって、この『魔王のへそ』は実に驚異と刺激に満ちた土地だった。

 今日も日課の調査兼見回りに出かける。日々の調査に杖と背嚢は欠かせない。私の杖は、学院の実地研修で世話になった灰洞人に友好の印として貰ったものだ。長い岩樹の柄に、大きな柘榴石が埋め込まれている。柘榴石はまったく歪みのない十二面体だ。ヒトには決して作れず、岩石の類を自在に加工する術を持つ灰洞人にしか作れない逸品だった。

 すり鉢の外縁から、底に向かって、岩肌をくだる。杖を突いて、緩やかな坂をずっと歩いていくと、あちこちで石や岩が動いているのが見える。重力に引かれて坂を下りているのとは違う。岩石たちは互いに引かれ合い、あるいは互いにしりぞけ合っている。

 これが『魔王のへそ』でのみ産出する引斥石の特徴だ。互いに引力や斥力を発揮する引斥石たちは、ときに寄り集まり、ときにまばらに散って、自律した意志を持っているように動き周る。そして、実際に意志を持つ

 さらにすり鉢の下へと歩みを進める。すり鉢の下に行けば行くほどに、引斥石の集まりは大きくなり、複雑さを増す。一直線に連なった引斥石が蛇のようにうねり、のたくる。大きな石の胴体に四つの小石の足が付いた引斥石がぴょこぴょこと跳ねまわる。

 引斥石で形作られた彼らを私は『引斥石ゴーレム』と呼んでいるが、その構造はゴーレム術師が魔法で作るゴーレムとはまったく違う。私が研究したところによると、引斥石が互いに及ぼす影響は、その結晶構造にも及んでいる。そして、引斥石の結晶構造が変わると、その意志が発する引力や斥力の具合も変わる。そうした微細な相互作用の積み重ねが、引斥石たちに運動を与え、簡便な知性をもたらす……といった具合らしい。つまり、引斥石ゴーレムは自然発生するのだ。箱の中に時計の部品を入れて、しばらく振ったら時計ができあがるような奇跡が、そこらじゅうで起きていることになるが、実際に起きているのだから仕方ない。

 おそらく、引斥石は単純な引斥石の組み合わせで知性をもたらしやすい、なにかしらの性質がある。ひょっとすると、そのように『造られた』のかもしれないとすら思う。こんな妄想に近い仮説を、証拠もなしに学会に提示したら失笑ものだが。

 手ごろな引斥石ゴーレムを何体か背嚢に放り込んで、すり鉢の底を見やる。すり鉢の底には、引斥石が寄り集まった大きな塊があった。一日前にはなかったものだ。定期的な見回りが必要なのは、引斥石ゴーレムを必要以上に成長させないためでもある。

「『魔弾』」

 杖を底の塊に向け、光弾を放つ。魔力の塊を飛ばす、ごく初歩的な魔術だ。しかし、光弾は塊に直撃する寸前に軌道を変えた。見えない壁にでも当たったような軌道だ。

「もう斥力を使いこなすくらいに成長してるか」

 私がそう言うと、塊が動き出した。二本足と二本腕を持つ引斥石ゴーレムとなって、立ち上がった。珍しい人型タイプだ。こんなやつが里に下りたら、衛兵たちでは太刀打ちできない。

「『シャンダールの大矢』」

 次は、やや高度なものを試す。かつてリリニア王国一の弓引きと言われた英雄シャンダールの一撃を再現した魔術だ。魔力で形作られた巨大な杭が、人型引斥石ゴーレムの胴体に突き刺さる。。胴体の引斥石は大きくひびが入り、砕け散った。

「ふう」

 私は人型を保てなくなったゴーレムを見てため息を吐いた。まったく、この『魔王のへそ』に居ると退屈しない。私はサンプルを取るために、ゴーレムの残骸へ歩み寄った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る