第41話 吸血鬼狩り掌編を書いてみよう 『銀血のヌゥ』

 夜の煤都には硫酸の霧が立ち込め、わざわざ外に出る人間はほとんどいない。どの家屋も霧戸をぴっちりと閉めて、強酸の霧が家の中にまで入ってこないようにしている。かつて夜道を明るく照らしたガス灯も、もはや火を灯すことなく、無用の長物となって久しい。希硫酸の夜露に濡れた石畳が、あいまいな月光に照らされて光っている。

 人気のない煤都の通りに、コツコツと足音が響く。足音の主は黒いローブを来た女性だった。フードを目深に被り、霧除けのマスクをしているために、人相はわからない。白い帆布に包んだ長細いなにかを、大事そうに抱えている。

 女性は早足で夜道を急いでいた。その様を、邪な視線が見つめている。

 路地の闇から、女性の行く手を阻むように、黒衣の男がにじみ出てきた。男は霧除けのマスクをしておらず、異様に生白い素顔を晒していた。女性はマスクの中で目を見開き、脚を止めた。

「こんばんわ。お嬢さん。こんな夜分に、急いで何用ですかな?」

「……」

 女性は答えずに、後ずさり、来た道へと振り返った。すると、男は女性の眼前に回り込んでいた。

「ああ、月の出る夜にひとり出歩くなど……喰って欲しいと言っているようなものではありませんか!」

 男は大口を開け、長い牙をむき出しにして、女性に躍りかかった。女性は帆布を解き、中にあるものを掴んだ。それは、奇妙な剣だった。剣は3フットほどの長さで、穿孔器具のような、螺旋にねじくれた刃を持っていた。女性は剣を帆布から抜き打つようにして、男を切りつけた。

「ぐぬっ!」

 男は予想外の反撃に姿勢を崩した。男の両腕は女性には届かず、女性のマスクの先端に当たった。外れたマスクが石畳を転がっていく。その拍子に、フードまで脱げて、女性の素顔が晒された。艶めくプラチナブロンドの髪に、整った顔立ち。女性の顔は完璧に左右対称で、人形じみた美しさを誇っていた。

 袈裟に切り付けられた男は傷口に手を当てて、苦悶の表情を浮かべた。刀傷とは思えないほど惨たらしく荒れた傷口から、煙が上がり、だくだくと血が流れている。

「こ、これは……」

「私の螺旋剣の切れ味はいかがですか? 肉を裂き、抉り、出血を強い、容易に傷を癒させない……。あなたのような吸血鬼を殺すために誂えた、聖別済み銀製の逸品ですよ」

「吸血鬼狩りか……私をハメるとは。ナメたマネを……」

「煤都に逃げ込んだはいいものの、夜に出歩く人もなく……いまの飢えたあなたなら、簡単に引っかかってくれると思っていました」

「ほざけ、女! 不意を打たれなければ人間になど遅れをとるものか! マスクがなければ満足に呼吸もできまい!」

 吸血鬼の男は目を血走らせ、再び女性に飛び掛かった。目にもとまらぬ速さで突っ込んでくる吸血鬼を、女性は闘牛士のような滑らかな動作で躱した。その瞬間、女性は吸血鬼を逆袈裟に切り付けていた。

「女ではありません。私には『ヌゥ』という名前があります。出血がさらにひどくなって来ましたね。血は吸血鬼の本質。ひどく流れ出ていますよ。あなたの命が……」

「こいつ……!」

 吸血鬼は三度ヌゥに突撃した。ヌゥは吸血鬼の心臓めがけて突きを放った。吸血鬼は剣の切っ先が右胸に刺さる寸前のところで身をよじる。螺旋剣はギリギリで心臓を反れ、肺に穴をあけた。

「ガボボッ! 勝った!」

 血を吐きながら吸血鬼はヌゥの両肩をしっかりと掴み、引き寄せた。そして、無防備な首筋へ牙を突き立てた。

 吸血鬼の口内に流れ込むのは、赤く濃厚甘美な血潮——ではなかった。

「うげぇえええっ!」

 不味い。口の中が焼ける。吸血鬼はもんどりうって石畳に倒れた。口の中に銀貨を詰め込んだような感覚に驚愕し、ヌゥの首筋へと目をやった。牙によって穴の開いたヌゥの肌から流れる液体は、赤色ではなく銀色をしていた。

「貴様……人ではないのか」

「ええ、私は吸血鬼を狩るために造られたホムンクルス。当然、吸血への対策は万全です」

 ヌゥは吸血鬼に螺旋剣の切っ先を向けた。

「ま、まて。人間でないなら、私たちは敵同士ではない。早まるな——」

「ええ、敵同士ではありません。狩人と、獲物です。螺旋剣と同じように、私はそのためのに造られたのです」

 ヌゥは吸血鬼の心臓を一突きにした。螺旋剣を引き抜くと、吸血鬼の心臓にはぽっかりと穴が開き、吸血鬼の生命力をもってしても、取り返しのつかないほどの血が流れ出た。

 役目を果たしたヌゥはため息を吐き、懐からハンカチを出して、螺旋剣に付いた血を拭った。

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