第14話 幻想的なファンタジー百合掌編を書いてみよう その2 『銀世界』

 朝起きて、家を飛び出すと、そこは目がくらみそうな銀世界だった。世界が、雲一つない青空と一面の白雪の二色に塗り分けられている。夜の間に、雪が降っていたらしい。私は冷えた冬の空気を吸い込みながら、夜空からしんしんと白いものが舞い落ちてくるのを夢想した。

 こんな日は、キリリに会いに行かなくてはならない。私は靴をブーツに履き替えて、新雪に一歩踏み出した。


 私は家の裏手に回って、緩やかな坂を上り、ずっとまっすぐ行って、島の断崖に突き当たった。崖の際に近づき過ぎないようにして、下を覗く。底の見えない青が見えて、ぞわぞわする。島の外縁に来るたび、こうやって島が空に包まれているのを確認したくなるのはなぜだろう。

 キリリの住処は島のてっぺんにある星見塔の廃墟だから、外縁の道をこのまま歩いていけば良い。私はときどき崖の下を見て背筋をぞわぞわさせながら、キリリの住処を目指した。

 四半刻ほど歩くと、白樺の森が見えてくる。雪が積もった白樺の森はほとんど彩度を失っていた。黒と白がまだらに入り混じる世界の中に、ふと鮮やかな緑が見える。すっかりと葉の落ちた白樺の枝に、ヤドリギが丸く葉を茂らせている。ちょうどそのヤドリギのボンボンの向こう側に、星見塔の崩れた屋根の先っぽが見えた。もうすぐだ。私の歩みが早くなった。

 やがて、白樺がまばらになって、森が切れた。目の前に石造りの星見塔が聳えているのが見える。その根元に、きらきらと朝日を照り返しているキリリがいた。彼女は崩れた星見塔の残骸に腰掛けていた。私は駆け出した。

「キリリ!」

 私が走りながら手を振ると、キリリも立ち上がった。キリリが手を振る。彼女の透明な腕が、細氷のようにちらちらと煌めいた。私はそのまま走って行って、キリリの胸の中に飛び込んだ。キリリの水晶でできた身体が、私の身体をしっかりと受け止めてくれる。

「キリリ、おはよう」

 キリリに抱き着いて、頬を胸に擦り付ける。キリリは氷のように冷たかった。キリリの手が私の頭を撫でた。

「おはよう。ムム。昨晩は雪が降ってたね」

「うん、寝て起きたら、別世界みたい。とってもきれい……」

 キリリをぎゅっと強く抱いて、ぴったりと頭の側面をキリリの胸にくっつけていると、胸の奥からざざーん、ざざーんと砂利を転がすような音が聞こえてくる。キリリ曰く、これはキリリの故郷の海の音だという。玻璃人であるキリリは、遥か昔、大地と海というものがあった頃の残響を、いまだ身体の内に残していた。

 私たちは、しばらく抱き合ったあと、離れた。そして、一緒に星見塔の残骸に腰掛ける。私は、私が来る前に、キリリがなにを見ていたのかを知った。

 白銀に覆われた島が、朝日に照らされて光っている。私の住む里は、その白い皿の真ん中あたりのすこしくぼんだところにあった。里の家々から立ち上る煙が、低いところで溜まっている。

「本当にきれいだ」

 横を見ると、静かな水晶の瞳が島を見つめているのが見えた。私はキリリの肩に頭を預けて、キリリと同じものを見た。ずっとそうしていると、私は、私の体温がキリリに移っていくのを感じた。

 キリリは水晶でできていて、私は肉と骨でできていて、私たちは全然違った。でも、こうして寄り添えている。それは、私にとって十分で、最高のことだった。私はこの一瞬が、永遠に続けばいいと、心の底から思った。

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