第12話 初心に帰ってサイバーパンク掌編を書いてみよう 『花束をあなたに』

 生ぬるい風の吹く夜だった。都市は日が沈んだ後も昼間の熱を忘れずにいて、むっとするような熱気を放っている。陽射しの熱さに耐え兼ねて陰に潜んでいた人間たちが、羽虫と共に街へ繰り出して、鮮やかなネオンサインや立体映像ホログラムに突撃していく。俺も、その群れの一部となって、カプセルホテルから飛び出していた。蜂の巣のような安宿を、俺は物珍しさから利用したのだが、残念ながら快適とは言い難かった。

 満艦飾のけばけばしい通りをしばらく歩いて、俺は良い雰囲気のバーを見つけた。一杯ひっかけようと、店に入る。

 ムーディなピンクとブルーの照明が飛び込んでくる。十九世紀調の内装がなかなか洒落ている。店内には、木製を模した大きな丸机がいくつかと、長大なバー・カウンターがあって、客が思い思いに酒とおしゃべりを楽しんでいた。蛍光モヒカン頭のパンクス男、皮膚を全部蛇皮に張り替えた長身の女、銀クロームに輝く義手を見せつける人体改造至上主義者……。個性豊かな客たちを横目に見ながら、俺はカウンターに座った。バーテンダーはちょび髭の先をくるんと丸めた二枚目だった。俺は二枚目に言った。

「メガコーン・ウイスキー。ストレートで頼めるか?」

「もちろん」

 二枚目はアンドロイドみたいにテキパキとした手つきで、注文の品を俺に寄越した。無色透明な液体が、グラスの中で波打っている。俺はそれと一口飲んだ。

 ガツンとくる粗野なアルコールの風味と、遺伝子組み換えトウモロコシのほんのりとした甘さ。これは混ぜ物なしだ。俺は、この店が気に入り始めていた。そのときだった。

 店のドアが乱暴に開いた。ちらりと振り返ると、そこには黒づくめの全身機械置換者フルボーグが五人居た。黒づくめたちの外見は、なにからなにまで一緒だ。黒づくめは軍隊のパレードみたいに、完全に足並みをそろえて俺の方に歩いてきた。

 同じ外面ハードウェア、同じ内面ソフトウェア。俺は黒づくめたちがいわゆる『蟻』だと確信した。収斂進化的に同じサイバネを使用するに至った一団。効率化を極めて自我すらも失い、どこぞの企業の言いなりになってしまった傭兵たちの成れ果てだ。俺は短い休暇が終わったのを知った。

「“花束ヴィンセント”だな?」

 黒づくめの一人が俺の肩に手を掛けた。かなりの握力で、俺の肩がみしりと鳴る。俺はウイスキーを一息に飲み干した。

「だったらどうする」

「来てもらおう」

「いやだと言ったら?」

 黒づくめたちは一度目を見合わせて、一斉に俺へと躍りかかってきた。

 俺は俺のサイバネの機構を解放した。人型に押し込められていた武装の数々が、花開くように展開して、黒づくめたちに向く。散弾銃が、機関銃が、短針銃フレッチャーが、光線銃レイガンが、重イオンビームガンが、一瞬にして黒づくめたちを蜂の巣にし、蒸発させた。

 五つの死体が店の床に転がると、店内は静まり返った。俺はバー・カウンターに純金トークンをひとつかみ置いた。

「騒がしくしてすまんな。これで、片付けといてくれ」

 俺がそういうと、カウンターの後ろに隠れていた二枚目がコクコクと頷いた。俺は、客たちのとげとげしい視線を感じながら、店を出て行った。

 外へ出ると、通りのけばけばしい光が、俺の人工網膜を焼いた。

「この街も、今日限りか」

 俺はため息を吐いて、通りを歩き始めた。

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