第9話 ダークファンタジー掌編を書いてみよう 『蝿の塔』

 女の肌はまるで蛆の腹のように白く美しかった。女は黒く滑らかなキチン質の王座に座っていた。薄く透ける黒雲母にも似たドレスの裾が、長く垂れ下がって床に広がっている。

 俺は裾を踏みつけ、女の喉元に剣を突き付けた。鈍く光る鋼の刃は、蝿人騎士の黄色い血でぬらついている。黄色い雫が一滴、切っ先から滴り落ちて、女の肌を汚した。

 女は黒雲母のベールの下で笑っていた。俺に配下をことごとく殺され、冷たい死を喉元に突きつけられてなお、童女のように笑っていた。女の雪膚花貌には、怒りも恐怖も浮かんでいなかった。

 俺は困惑し、そして悟った。女は幼いのだ。暴力を、死を、世界の残酷さをまだ認識できないほどに。魔人の生は人の生とはまるきりに違う。見た目の年ごろと、精神の年ごろが一致しているとは限らない。

「……」

 俺の焼き潰された喉が唸った。俺は女を殺さねばならなかった。この幼い蝿人の女王を、どうしても殺さねばならなかった。蝿人はすぐに殖え、人間を襲って食う。人間とは共存できない。

 俺は深く息を吸い、吐いた。そして、また息を吸い、止めて、剣を横薙ぎに振るった。

 ごとり、と音がして、女の首が床を跳ねた。頭を失った首から、黄色い血が噴き出している。俺は剣に付いた血を払って、鞘に収めた。

 俺は女の頭を拾った。女は笑っていた。

「……」

 俺は女の頭を抱え、王座の間を去った。手が震えていた。俺は、不死の呪いをかけられて数百年経ってなお、どうしようもなく人間だった。

 俺は蝿の塔を下りながら考えた。手の中の女がもし、俺に殺されずに育ったのなら、なにに成り、なにを産んだのか。なにを考え、なにに笑ったのかを。


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