第245話 1400

 あれから数日が経ったが、今朝も男2人のむさ苦しい食事だ。そう、ヒロミとの朝食だ。


 向こうでの世界の事を聞くと、俺と同じで記憶が希薄であり、家族の名前や顔も覚えておらず、手帳に記録した内容を見てそんなだったかな?と何となく感じるという。そう言われて俺も手帳を見てみると、妻子がいたようだ。いたようだと言うのは、記録を見てもなんとなくすら覚えていないからだ。


 そう、妻子がいる事について完全に記憶から無くなったのだ。向こうでの妻子の事が既に完全に記憶から欠落しているのだ。18歳迄の事は鮮明に覚えているが、20歳位の事がなんとなくだ。年齢と共に記憶が薄れていた。大学の頃の事は学んだ知識はあるが、交友関係は思い出せない。大きな事件とか、歴史や地理は覚えているが、どういった学校を出たかとか友達の事も個人情報が白紙になった感じだ。特に悲しいとかも思わなくなっている。今は愛する妻達がいる。それで十分だ。帰ったら何人かのお腹が大きくなっているかな?と第一子の誕生への期待に胸を膨らませる感じだ。この世界の初の子はそもそも第3子なのだが…


 夜な夜な短時間の逢瀬を重ねる彼女の話をする。


「なあヒロミ、今晩も逢えるかな?」


「いい子にしていれば会えると思うが。優しくしてやるのだぞ。その女性の事を好いておるのか?」


「何故か分からないんだが、好きなんだ。恐らくギフトの影響だと思うが、妻にしたい位に強烈にね。俺にとってはあの女性が心の拠り所になっているんだよ。ヒロミも会っている奴の事を好いているのか?」


「そうじゃな。このダンジョンを出て人間に戻れたら結婚したいと思う程にな」


「そうすると日本に帰れなくなるのではないのか?違うか?」


「そうじゃな。結婚するというのはそういう事じゃろう。儂は元の体に戻る手段が日本に帰る事しか無いと思いこんでおったのでな。元に戻れるのならばこの世界に骨を埋めても良いと思っておるのじゃよ」


 そんな話をしていたが、どうしてそんな都合の良い相手が現れるのかについて、もう疑問に思わなくなってしまっていた。

 それはさておき今日の目標は1400階層だ。3、4日前は一日に付き12階層を無理矢理進んでいて、今日は1410階層のスタートだ。おそらく100階層毎に何かがあるのではと警戒をしている。その為に進む階層を調整していた。


 1400階層までは何事もなくいつもの調子だ。

 夕方に無事にボス部屋前に着く。少し休憩し、そして気合を入れて突き進む!


 そしておもいっきり罠に引っ掛かりそうになる。というか俺だけ掛かったのだ。

 ボス部屋の真ん中に何故かベッドがあるのだ。そして短い逢瀬のあの女性がセクシーなネグリジェを着ていて、俺をエロい手付きで手招きしている。


「今日はずっと一緒に居られるわ。抱いて!」


 俺はもう抱く事しか考えられず、ベッドに向かい押し倒しにかかる。だが押し倒せなかった。ヒロミに殴り飛ばされたからだ。暫くの間痛みで意識が朦朧としていた。


「儂には効かぬぞ。残念だったな」


 そうして鬼の形相に変わった女のなりをした何かとヒロミが闘い出した。

 かなり強く、40合程打ち合っていた。驚いた事にヒロミのお腹に剣が刺さり、腹筋で無理矢理抜けなくした隙を見逃さず、正気に戻った俺がそいつの後ろに転移し、一気に首を刎ねてようやく終わった。急ぎヒロミの怪我を治し、今日の休憩の準備をしていった。


 ドロップはヒロミが使える鎧だ。ドラゴニックメイルが先程破壊されたので丁度よい。


 俺は寝るのが楽しみで仕方がない。短い時間だが、毎晩必ず現れて俺の心を癒やしてくれる。

 待ち遠しい!としきりに呟いていたようで、ヒロミにからかわれて俺は赤くなって行くのであった。

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