第8話 カナヤマ

【惑星名カナヤマ / 主種族・鼠 / 岩石惑星・半径約8000km・自転周期12時間・公転周期103日・最高気温500度・最低気温-50度・大気圧50kPa】


宇宙船がカナヤマの暗い空に落ち込む。雲一つ無い薄暗い夜明け前は宇宙との境目が無い。星々が光る場所が宇宙であるなら見分け方もあるが、窓から覗いたカナヤマは地面すらも星を転がしたように光っていたからだ。

カナヤマは惑星全体がかんらん石と呼ばれる石で出来ており、これは他の惑星ならそのまま装飾品としても使えるもので、明かり一つあれば星空のように輝いた地面を覗かせるのだ。

ヒイロとアオイは窓の外をよく眺めると、宇宙と地面の境を探す。遠くに連なる山がいくつも見えただけで、目新しいものは無い。

亀裂や抉れた場所がいくつもある地面を避け、大型宇宙船はどうにか平らな場所に落ち着く。それからモクレン、ミズキ達大使二人、クスノキ、ヒイロとアオイは移動用の小型宇宙船に移動した。木も何も無い惑星、宇宙船は雲よりは低い場所を飛んで行く。

ヒイロはカナヤマ到着前の話し合いの中、一つ別の頼まれ事をしており、相変わらずどこでも光っている窓の外を眺めたまま耳を澄ませた。

『どうですか?』

『……風の音が大きい。話し声と、聞いていた地面を叩く音は聞こえる。それ以外は……今は聞こえない』

『良かったです!この時間帯が一番安全とかで、今まで僕達も遠目にしか見た事はないんですけど……』

『そのミョウキというのが本当に足音が無いものなら、私にも聞こえないぞ』

アオイも外を見た。

『この惑星の方……ソというんでしたか。彼らはどうやってミョウキを見つけるんですか?』

『鼠の方は凄く高く飛び上がれますので、それで遠くを見渡して確認しているそうです!一番危険なのが猫鬼らしいんですけど、他にも害獣とか、中には病を引き起こすのもいくつかいるので……カナヤマは一番危険な惑星なんですよね』

『だから武器が多いんですね』

『他の惑星ではあまり武器が使われないので、この惑星ならではですね!ここから見える地面や山全てが加工出来る立派な石で、光って目立つし綺麗なので、ワタツミやタマノオヤで人気なんですよ!あっ武器もそうなので、大体の武器が緑色に光っていて綺麗なんです!』

(武器が光ってどうするんだ……?)

烏天狗の二羽は口を噤んで言葉を飲み込んだ。天然の明かりが遠くの端まで光る中、高い山の麓、暗い中見える限り辺りでは一番高い山の足元だ。ふと一部真暗な場所が、塊のように現れた。石が踏まれ光りが消えているのだろう、操縦士は『鼠の方がお見えになりました。下降します』、そう告げ、塊から少し離れた場所で宇宙船を着陸させた。

外に繋がる小さな廊下で気温気圧を外と同じものに調整し、二羽に確認する。

『問題ありません』

『良かったです。恐らくヤマクイの雲の近くの空気で、気温も少し寒いくらいだとは思います。一応ボンベは持参ください。……カナヤマでの会合は二時間が目途になります。それ以降は先日説明しました通り気温が高まり、日中は文字通り火の海になりますので』

二羽が頷くと、ミズキは宇宙船の扉を開けた。強い風が廊下を満たし、宇宙船を揺らす。階段に似た自然の坂や窪み、真っすぐ歩く事自体が難しそうな地面、それらで出来た壁が彼らを迎え入れる。烏天狗から見れば故郷を小さくしたようにも見え、数羽であれば合間を抜けて飛べるだろう。

足を進めるより前、モクレンは二羽へ聞こえる程度に小さく呟いた。

『お話した通り、惑星ごとに神への信仰の形は違いますが、中でもカナヤマは独特の形を持たれています。とにかく、神の子を一度見たいと……』

「……」

会合も、何故か外で行いたいと。そうモクレンは歯切れ悪く漏らす。

『カナヤマはあまり惑星同士の交流を好いていないようで、烏天狗の方を見てどうされるのか見当も付いていません。危険な惑星柄、多少好戦的なきらいもありまして……。こちらからも重々お伝えしておりますが、何かありましたら構わず私共に伝えて頂いて結構ですので』

『……分かった』

風が小さくなれば、生き物が集まっているのだろう息遣い、その群れの存在が肌で感じられる。ようやくと鼠の元へ辿り着けば、まずはミズキが頭を下げた。

『ヒノクニより参りました。カナヤマの長様に違いないでしょうか』

『ああ』

声がすれば、クスノキが一つ前に出て挨拶を交わす。声を上げた鼠、他の鼠より少し背が高い彼は、元より前に出ていた体を見せつけるように、クスノキに合わせてもう一歩前に出る。暗がりでは見え辛い姿が石の輝きで端々を見せると、烏天狗、特に人間以外を初めて見るアオイは目を丸くした。

鼠は全身毛に覆われて、まるで子供のような小さな頭と上半身を持っているに関わらず、足は頭より二回りも太く、折りたたんで立つほど長かった。今はヒイロ達より低い場所に頭があるが、伸ばせば大使達も優に見下ろせるだろう。足先も太く、分厚い爪が石の地面を踏んでいる。顔を見れば丸い目が、大きく薄い耳と短い髪の下でミズキを見上げている。細長い尾は地面に垂れ、時折警戒しているようにぴくりと動く。

唯一身に着けた似合わない黒い紐は肩に掛けられ、太い両切りの刀が二つ括り付けられていた。

『長居出来ないんだろう。俺達も外交にはあまり興味が無いしな。……神の子、というのはどいつだ』

クスノキは振り返り、ヒイロに目配せした。ヒイロも爪を鳴らして前に出れば、長は異種の姿を訝しげにみたものの、顔には表さなかった。

『お前が神の子か』

『そうだ』

『イワツチの神を殺したと』

人間達の動揺に、ヒイロは目を細めた。鼠の鼓動は聞こえた時からずっと速く、しかし変化していない様子に、怒りや恐怖は見られなかった。どちらかといえば好奇心に近い興奮だ。しかし腕を組み見上げる態度がどこか後ろにいる烏を思い出していけ好かなく、自然とヒイロも羽を張る。

『殺した。聞いてどうする。……そもそも、どうして知っている』

一つの惑星の神が死んだなど、簡単に語る話ではないだろう。しかし鼠がその事実を知っている素振りがあると聞かされていたミズキ達も、どうしてかと内心慌てているようだった。

それは相手も同じようだった。無言だった鼠の群れがようやく、波打つようにわっと耳打ちし始めている。元より速い鼓動をさらに速め、興奮した口早な異星語で辺りを満たす。長も薄く笑っていた。小さい外見に似合わない怪しい笑顔を見せ、他の鼠同様心の臓を速めている。

『どう知ったかはオオガマにでも聞くといい。……お前が聞いているかは知らんが、俺達は俺達の神を信じ……そしていつか、殺すことを悲願としている』

『……は?』

ヒイロは眉根を寄せた。神を信じ、殺す。それはモクレンから事前に聞いていたものの、こう目の前で嬉しそうに語られれば、神を信じない烏天狗も、神を信じる種を目の前で見てきた手前、その姿は異様に見えた。

『カスガの神は武の神だ。俺達の惑星は他種を喰らう種が多い。奴らに勝ち生き残る為には、力が必要だ。カスガの神は時に地割れや突風を起こして奴らを排除してくれるが……何よりの奇跡は、俺のように強い子を産み、鼠が存続出来るよう見守ってくれている事だった』

『お前、神から産まれたのか?』

『……違う。そうあるよう神が作ったんだ』

一瞬呆けた長と首を捻るヒイロに、「強い子が生まれないと鼠が生きていけないから、神様が奇跡を、特別強い鼠を恵んでくださるんです」、クスノキが小さく説明を入れた。ヒイロが頷くと、長は先を進める。

『……神を、奇跡を信じた時代もあった。だが今は違う。神を信じ強い子を待つのではなく、神を殺す事で、自分達の力を信じる事にしたんだ』

「……」

長は尾をピンと張り、嬉しそうに頷いた。

『そして、神を殺したという話を聞いた。どんな奴か、どんな力を持つのか知れば、俺達がより強くなる為に得られるものがあるかもしれない』

鼠の群れが一斉にヒイロを見つめる。分厚い羽毛と大きな翼、細く大きい足。それが鼠にとってどう見えるのかヒイロには分からなかったが、少なくとも今居心地が悪い事だけは感じていた。

『神とはどんな姿だった、どう殺したんだ』

『長様』

モクレンが声を上げれば、視線が一斉に彼女へと向く。

『他惑星の神、ましてやその死について語るのは、些か無礼が過ぎる事かと』

はっきりとしたモクレンの口ぶりにミズキ、大使は慌てていたが、彼女の目は真っすぐに長を見つめたままだ。長は笑う。

『口を滑らせたのはあっちなんだがな』

『……そもそも、殺したいなら早く行けばいいだろ』

嫌な空気に挟まれたヒイロが会合自体を終わらせたいように言えば、長ならず群れ全員がキッとヒイロを睨んだのだろう。一気に高まった鼓動にヒイロは苛立ちを感じ、慌てたクスノキ達の手前落ち着けるように耳を遠くに澄ました。と、

「……」

『お前らの種には理解出来ないだろうが、俺達が何もしていない訳じゃない。神の山へは、』

『変な音がする』

『……は?』

長は呆気に取られた声を出したが、人間達はその言葉にはっとし、辺りを窺う。

『ヒイロ様、どこからですか?!』

『……向こうの……朝焼けの方。石が転がる音じゃない。変な、もっと柔らかいものか?連続して聞こえて、迫ってきている』

〈……!、――――!〉

長は振り返って鼠に叫ぶと、数匹が地面を蹴り上げ、空高くへと飛び上がった。長い足が真っすぐに伸びた様が、十メートルは上、翼も無く空に浮かんでは落ちる。

山から鼠三匹が声を上げ、ヒイロが向いた先を指さしながら走り下りてきた。下にいる鼠達、そしてモクレン達も辺りを見渡す。空は端が少し目覚め始め、目を瞑るほどの輝きが山の縁を彩っている。空と地面の境が分かり始めた。その境の間、奇妙な四本足の生き物は地面の隆起の間を縫って影を見せたと思うと、すぐにその大きな体躯を見せつけるほど素早く、鼠の群れに迫って来ていた。

〈――!〉

『あれが、猫鬼……!?』

モクレン達は宇宙服の下で顔を青くした。猫鬼は細長い四本足を鞭がしなるように走らせ、かんらん石色をした薄い胴体から地続きに伸びる薄い顔の中心、上下に割れているのかと思うほど大きな口を開き、涎を垂らして迫ってきている。数は十二匹。

鼠達で弓矢や投げ槍を持つものは遠くから援護を、刀や槍を持つ者は歩くには不都合なこの地を生かして散り散りに、口々に叫びながら猫鬼へと走る。数十はいる鼠達が猫鬼を囲んでいるが、二種が近付くほど体躯の差が大きいのだと、膝を曲げた鼠四匹分はある猫鬼に、クスノキ達は思わず足を竦ませた。

『大使様達は固まって!宇宙船へは、』

アオイが叫ぶと、大使やモクレン達は震えながらも慌てて身を寄せ、戦闘に慣れた種の次の言葉を待つ。

「ヒイロ!他の方向からは来てないか!」

「……!、来ていない!宇宙船の方向へは走れる!」

アオイが声を掛ければ、人間達は隆起した石を蹴って宇宙船へと走った。一人が、ヒイロ様達は、と言った声に、二羽は首を振る。

「あれがどう動くのか知らん!前は鼠に任せて出るな!抜けてきたらお前が上を対処しろ!」

ヒイロは頷く。遠くでは鼠達が、低い位置を素早く飛び回ってはかく乱し細い足を切りつけていた。足が弱り頭が低くなった個体から順に首を狩り、二度は切りつけねばならないのだろう、何匹もが続けて宙を舞って刀を滑らせる。

順調に倒れているのは長の近くだけで、別の鼠達は足に蹴られないよう慎重に、蹴られた者はぎゃっと一鳴きして空を舞う。ヒイロは口を歪ませた。

長は自分で言うだけの力を持っているようで、他の鼠が四匹以上で猫鬼を囲んでいる中、長は一匹で猫鬼一匹を翻弄している。慣れた足付きで不規則な猫鬼の足を跳び避けながら切りつけ、死角が取れれば首を突き刺す。順調に弱った個体を増やしつつ、別の猫鬼すらも巻き込むほどだ。〈――!〉と一声上げると、仲間が応戦している猫鬼の頭を遥か高く飛び越えるほどに飛び上がり、視線を奪われた猫鬼の足元を他の鼠が掬う。

その内、鼠をなぎ倒した猫鬼が、固まって動いていない餌を見つけたのだろう、一目散にヒイロ達へと、柔らかな四肢が器用に隆起の合間をすり抜け、駆けてきた。気付いた鼠達が一匹に向けて矢を放つが、突然の方向転換にいくつかは地の壁へ、胴体に刺さった矢も僅かに猫鬼の足元を揺らがせた程度でしかない。

アオイが先に飛びだす。ヒイロは二息遅れて続いた。四本の足は柔らかくしなって動きが予測し辛いものの、決して見慣れないスピードではない。アオイは猫鬼の目の高さを、口を開けた猫鬼の頭の上を抜ける。猫鬼は餌に噛みつけると思った手前、勢いよく閉じた口をまた開きながらぐるりと頭、すぐに胴体をアオイ向けて振り返った。足が捻じれつつも後ろを向く。

ヒイロは揃ったその後ろ脚を、翼を舞わせた勢いを乗せて斬り落とした。急に後ろ脚を無くした猫鬼は尻から地面に落ち、訳も分からず前足が空を掻く。カアアアア!と乾いた鳴き声を叫ぶ頭の根元にアオイが一太刀入れれば、どす黒い液体を吐き出しながら痙攣し、硬い地面に落ちた。

「死んだか」

ヒイロの問に、地面に転がった足を見たアオイは、目を見張る。足の裏は苔のような、柔らかい毛に覆われており、これで足音が聞こえ辛いのかと、一羽納得した。

「……。こいつの生態なんて知らないだろ。少なくとも鼠の方ではこれで動いていない」

「……群れを抜け出す前に攪乱する。アオイはこいつを見ててくれ」

「は?……おい!」

ヒイロはアオイの言葉を待つより先に翼を大きく羽ばたかせ、猫鬼の群れへと飛びたった。アオイが怒りを混ぜた声と舌を鳴らした音を零すが、黒い翼が向きを変えることは無い。

『……』

クスノキは戦場に一羽向かう後ろ姿に、悲痛な目を向けた。誰もが戦場を見る中、一人両手を組む。


〈――――!――!〉

長は目の前の猫鬼に深く刀を突き刺した。動かなくなりつつある肉を確認すると、周りに叫ぶ。残りは二匹。一匹は一つ失った足をふらつかせており、囮と矢の部隊で対処しきれそうだった。もう一匹に振り返れば、丁度仲間が頭に向けて飛び上がった所だった。刀が首を掠める。数匹の鼠が後ろから飛び上がり追撃を狙った時、

〈―!〉

首を切られ興奮したのか、猫鬼は大きく身を震わせた。その巨体は迫って来た鼠を巻き込みながら、倒れ込むように地面へと傾く。飛び上がっていた鼠は尖った地面や仲間に叩きつけられ、一匹は揺らいだ猫鬼の足にそのまま踏みつぶされた。足下の餌に気が付いた、猫鬼の顔が血を吐く鼠を見下ろす。

〈!、〉

隆起と怪我人が上手く重なれば、長の足がいかに強くとも、一息で駆け付けられるものではない。猫鬼の口が大きく開かれた。

そして次には、鼠を踏む猫鬼の前足が二つに分かれた。ヒイロが峡谷を飛び降りるほどの速さで翼を舞わし、刀を振るったのだ。勢いよく着地したヒイロは瞬時に鼠の腕を掴むと、殺しきれなかったスピードのまま硬い地面を滑って猫鬼との距離を取る。爪が石を削る嫌な音が耳を劈いた。音が止めば、ヒイロは鼠の腕を離して地面を蹴った。軽い大気と合わさり、烏天狗の体は素早く猫鬼との距離を詰める。猫鬼は前のめりの体を震わせヒイロに首を向けていた。迎え撃つように口を大きく開け、カアアと鳴く。ヒイロは猫鬼の口が自分を掠めるより前に急停止し、そのまま頭の裏へと、自分を噛もうと伸びた首元へ爪を食いこませ、刀を突き刺した。

カッ!と一鳴きした猫鬼は目をぐるりと回し、何も無かったように一瞬体の動きを止める、硬直した体は重力に任せて地に落ちた。

「……っは、……はー……」

一羽浮いたヒイロは、周りに猫鬼がいない事が聞こえると、ようやく長い息を吐く、が、明るくなりつつある惑星にまた別の生き物の姿が見え始めると、目を細めた。

〈……〉

ふと下を見れば、鼠達が自分を見上げている事に気が付いた。長は何か言いたげにヒイロに近付いて来る。

『……飛べるのか』

『……は?……翼があるだろ。それより向こうの岩場に別の生き物がいる。黒い……足は短そうだが』

『……多分牛鬼だ。足は遅いし山に登りさえすれば問題無い。毒を吐く前に立ち去ればな』

『なら早く怪我した奴を運べ。私達も一度宇宙船へ戻る。あと……二度と外で会合すると言うな』



怪我をした鼠は仲間達に連れられ山に戻り、ヒイロ達は宇宙船に戻る。会合の準備の間にクスノキがヒイロから聞いた話に説明を加えた。

『カナヤマにも翼がある生き物がいるんですよ。襲ってくるんですけど。馬鶏って言って、でも飛べないんです。鼠のように高く飛び上がると、翼で滑空して下りてくるくらいで。空で急に止まったり出来るし、何でも病を引き起こす煙を吐くとかで……結構厄介だとか』

『だから飛べると驚いたのか』

『そうですね。空を自由に飛ぶのは烏天狗以外だと、イワツチの虫とか、ヒノクニにいる小さな鳥とか、タマノオヤにいるほとんど翼しか見えない鳥ぐらいですかね?』

警告音が鳴る。扉が向こうで開き、閉じ、また開いて、ミズキが外から帰って来た。火照った宇宙服を無駄に仰ぎ、はあと一息吐く。

『長様と神主様が応じてくださいました。すぐにこちらに来られます』

ミズキはすぐに操縦士に通信を、それから部屋が分厚い硝子で区切られ出す。ミズキ一人が硝子の向こう、これからカナヤマの環境に変わる側へと残り、他四人と二羽はヒノクニの環境側で待機した。

「……」

外から帰るなり、というよりヒイロが猫鬼へと飛びだしてからというもの、アオイはまた機嫌が悪そうに深い息を吐いていた。勝手に飛びだしたからだろうと見当が付いていたヒイロ自身も、また別の事で憤っていた。やがて警告音が鳴りミズキが長と神主を連れてくると、その気持ちは一層増す。

明るい場所で見た鼠は濃い灰色の毛並みをしていた。尾の先は引きずるからか少し色が濃い。刀を持っているのは長だけのようで、それはクスノキが言っていた通り緑色に、柄も刃もそのまま一つの石から削り出したのだろう、繋がった全てが人工的な明かりを受けて輝いていた。

『先ほどは巻き込んですまなかった』

開口一番に長がそう謝ると、意外そうにモクレン達は目を瞬く、が、ヒイロは余計苛立ちを顕わにした。

『元からここで会合すれば良かっただろ』

ヒイロの口ぶりに、クスノキ達は驚き、それから青褪めた。長達がいつ刀を握るかと慌てて見返せば、長は気丈に、しかし謝意を見せるように頭を下げる。

『正直に言えば、神の子を試すつもりだった。神を殺す腕は戦いで見るしかないだろう』

『上手くいかなければクスノキ達も死んだかもしれないんだぞ』

『例え手を組むつもりが無くとも、他惑星の奴を傷つけて返すような無粋な種に成り下がるつもりはない』

『潰されそうだったお前の仲間は?守る気はないのか』

〈……〉

険悪な雰囲気にモクレン達は口を締められず、何度も一羽と一匹に目をやり、穏便にと小さく零す事しか出来ずにいた。見かねたアオイも後ろから「おい、」とヒイロにだけ届く声で諫める。

『守るつもりはある。今までそうしてきた。これからも、俺は長として仲間を守るつもりだ』

長は尚も気丈だった。そしてそのままもう一度、頭を下げたのだ。

『その為に、俺達に力を貸してほしい』

その場にいる人間と烏天狗全員が目を丸くした。長に続いた神主も、深く頭を下げている。今までカナヤマと交流してきたミズキ達は随分慌て、頭を上げてくださいと何度も頼んだ。

『神主、仲間達とも話した。カスガの神の元へ、俺を連れて行ってほしい』

大使達とモクレンは顔を見合わせた。今までの知っている鼠ではないのだろう、動揺し、しかし長はそのまま言葉を続ける。

『山までは機械で向かっても構わない。ただしそこからは足だ。人間は知っているだろうが、俺達は元々他の惑星の力を借りる事を良しとしていないからな。飲んでもらえるなら、見返りについては神主と話してくれ。カナヤマにある物や知恵なら、出来る限りは渡そう』

『……長様、カナヤマの信仰について、私共が口を出す事はありません。……しかし、今までカナヤマの皆様が惑星間の深い交流、まして神の話について、首を縦に振られた事はありませんでした。何故、突然そのような事を』

ミズキがそう静かに訊ねれば、長は一度目を伏せた。腕を組む、それなのに長は、ヒイロ達が初めて見た時のような小さくも偉そうな雰囲気を纏ってはいなかった。

『……時間が無い』

『……?』

『さっき言った通りだ。俺達が何より望むのは強い鼠が産まれる事。だが……俺が産まれて以降、奇跡は見つかっていない。強い鼠が生まれなければ、弱い鼠が犠牲になり、数は減っていく。……俺が皆を守れるのは、俺が生きている間だけだ。生きている間に奇跡を願う日々だけでは、仲間を守り切れない』

長は組んだ腕を、決意のように握る。

『俺は神を殺し、俺達鼠は神を殺せる力を持っているのだと、仲間に教えなければならないんだ』

神主は深く顔を落としていた。垂れた耳の下、それでも、目は決意を固めて、長の言葉に頷く。

『……過去、鼠もまた神に祈っていました。しかし奇跡が見えなくなり始めた頃、一匹の長が唱えたのです。神に強さを祈るのではなく、神を超える事で、強さを証明すればいいのではないか、と。初めこそ異を唱える鼠もおりました。ですが、とうとう奇跡が見えなくなり始めた八百七十年より前、我々鼠は、武の神の強さを信じるからこそ、神を殺す事を信仰と形付けたのです』

『……』

モクレンはミズキに、そしてまたそれらの視線はクスノキへと移った。惑星間の話であれば、最終の決定は惑星の長が決めなければならない。国長が不在の今、決めるのはクスノキだ。

クスノキはこの小さな種の命の短さを知っていたが、長の残りの命までは分からない。神の信仰と短い命を前に、クスノキは頷き、一歩前に出た。

『形は違えど、同じく神を信じる者同士。断る理由などありません』

小さな、しかし今は自分より大きな国長代理の堂々とした答えに、はっと、長はまた見目に似合わない怪しい笑顔を見せた。返すようにクスノキも笑う。神主やモクレンも嬉しそうに手を握ったが、大使二人は硝子越しに暗い顔を向かい合わせている。

『……しかし、やはり移動に問題があります。神の山はカナヤマの中心、一番気温が高い位置にあります。山の標高が高い分日も当たりやすく空気も薄い。歩ける時間がカナヤマのどの地より短いはずです。神に会うだけでないのなら尚更、宇宙船で頂上まで移動した方が……』

『神の山に機械が入る事は許されない。それに、中腹までであれば登る事は出来る。ここから神の山への移動にも時間が掛かるが、さすがにそれまでここに居ろとは言うつもりはない、だから神の山までは機械で行く事を良しとした』

長に振り向かれ、神主は自分の出番だと、先ほどより自身あり気に胸の前で拳を握る。鼠の祈りの形だ。

『移動と調査を繰り返し二千八百年以上、神が燃える大地を蹴り、神の山へ帰られる姿が確認されて以降、私共はねぐらごと神の山に近付き、神の山への遠征と最低限住める環境を両立した今の山まで辿り着いたのです。何百回に分けて遠征し神の山を登るにまで至った長と鼠もいるのです。……そして誰一匹として、神を拝む事は、頂上へ登る事は、叶いませんでした』

『何故?』

『山の中腹から上が、まるで頂上を囲むように崖で覆われていたからです』

崖?と大使が繰り返す。神主は用意していた石板、かんらん石で光る板を見せると、そこに削られた絵を硝子向こうに見せる。板の中心には山が描かれており、真ん中には深い傷が、頂上と中腹を分けるように深い傷が掘られている。

『山に辿り着いた長全員が、これと同じものを描いています。崖は真っすぐに深く、底が窺えない。対岸は猫鬼が数百以上も並ぶほどで、鼠の足の力ではとても足りないだろう、と……』

『ではやはり、宇宙船の方が……』

『そんなつもりがあるなら、今までに声を掛けていた』

長は言葉を切ると満足そうに頷き、笑みを浮かべると、小さな指をヒイロへと向ける。

『飛べるんだろう。それで俺を連れて行け』

ヒイロは顔をしかめた。ミズキやモクレンは一斉にヒイロを見るなり、なるほどと言った目を向ける。長はそれなら鼠の意に反することもないと、神主も同意を示すように石板ごと頷いた。

だがクスノキは、首を縦に振らなかった。

『僕達が出来る事は、出来る限りさせていただくつもりです。ですが、烏天狗、ヒイロ様にご助力いただくとなれば、僕達の決める話ではありません。……それに、神の子については、会ってお話するだけとの事でしたし……』

多少歯切れの悪い返答に、長は少しばかり雰囲気を尖らせた。ミズキ、モクレン達人間は長の顔に慌てるも、国長代理の言葉が正しくないといった事はなく、すぐに二羽へと頭を下げた。しかし烏天狗二羽は驚いたまま、返答を出せずにいた。

神の話に烏天狗も協力すれば、ヤマクイは少なからずこの惑星との今後に期待も出来るだろう。ヤマクイにとって悪い話ではなく、一応星長、星長代理に話を通す事は道理だろうが、それにしては国長代理は、どちらかといえば反対の意を含んだ物言いだったのだ。

どういう意味かと、アオイはクスノキを訝し気に見た。しかし、それよりもと、アオイは心中で首を振れば、一歩前に出る。

『私達なら問題ありません』

長や神主は喜び、ミズキ達は胸を撫でおろした。

『ですが、』

アオイが言葉を続けるより前に、話が進んだ長達は計画についてを語りたがった。

『神の山へは本来、鼠以外入れるつもりはなかった。俺はどちらでもいいが、神の子と長代理、どちらが飛んでくれるんだ』

『……それは……、……神の山に登るにも、危険があるのでしょう。長様の力を信用していない訳ではありませんが、万が一があるのならば、……ヤマクイからは、神の子を向かわせます』

そうか、とそれ以上は問わなかった長を、それからアオイとヒイロを見たクスノキは、二羽の中にまた重たい雰囲気が漂っている事が見て分かり、肩を小さくした。

『日が落ちた直後に神の山の麓へ、それから長様とヒイロ様で向かっていただければ、確かに。今まで登られた記録があれば、日が昇る前に辿り着けるかもしれません』

『しかし二人では危険では?せめてもう何人か』

『俺が神を殺せば済む話だ。長である俺が殺さねば、示しにならない』

『ならばせめて、山には入らない位置の、上空で待機するというのは。降りる間にも陽が昇ってしまうと……何かあればすぐに駆け付けられますし……、』

山に登る際の装備と移動時間を、と大使、神主が互いに小さな端末と石板を持って話始める。長は武器を用意せねばと、モクレンやクスノキは国長に連絡しなければと、それぞれの雰囲気にヒイロは流されるままに立っていれば、あっと思い出したアオイが手を上げた。

『あの、』

それからヒイロも思い出し、あ、と小さく漏らした。アオイも今更動揺したように、それを薄い苦笑いで誤魔化している。

『烏天狗は、誰かを抱えて飛べません』

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