第32話 ニセモノ
「そんな……見つかった……まさか、この短期間に……?」
「おっ! 意外そうな反応だ。へへへ、食いついてきたな」
その言葉を聞いて、自分の心臓が暴れていることにようやく気づいた。
平静をよそおう無表情の仮面をかぶり、つとめて呼吸をちいさく、規則正しく行う。
「……お孫さんが見つかったとなると、バレンノース公の後継に推す動きがありそうですね」
姿を消した公爵の娘。その血を引く者が見つかったとなれば、世継ぎ問題に大きな波が起きるだろう。
重大な事件が起きる可能性も考えられた。
「もちろん城では大騒ぎですよ。もし俺がまだ執政代理人だったら……邪魔きわまりない存在だ」
「今は『元』やろ? もう関係ないんとちゃうか」
「だけど! おもしろくない、おもしろくないぜ。その孫をかつぎあげてる男が、いわゆる政敵ってやつなんだよ」
ヒノカの言葉を受け、ゲオルはにぎりこぶしをパンパンとたたき、くやしそうに吐き捨てた。
「お嬢様ァ……あんたのせいで俺は落ちるとこまで落ちたんだ。なあ、あいつもここまで落としてくれよ」
「拒否します。そのような個人的感情のために、私が行動すると思いますか?」
「いいや、あんたはやらなくちゃいけない。立場上、あいつのたくらみを止める義務があるはずだ。なぜなら――」
「コラーーーー! ようやく見つけたぞ、ゲオル・ベレッツォ! もう逃がさん!」
「げっ!」
遠くからひびく大声とともに三人の衛兵の姿が見えてきた。ゲオルは飛びあがって逃げようとしたが……女王がそれを許さなかった。
「なぜここにいるのか疑問でしたが……よもや逃走中とは、大胆でしたね」
「ま、まて! 情報を教えてやったじゃないか! たのむ、見逃してくれ!」
「あなたが自分の政敵をきらっている、それが有用な話とは思えません」
「え? あ、そうか!?」
そうこうしているうちに衛兵が到着……するなり、肩にかけていた縄を使って脱走者を縛りあげる。
「ゲオル、観念しろ!」
「ニセモノ、ニセモノなんだ! そいつはニセモノなんだああああ!」
「わけのわからんことを! コラ、おとなしくするんだ!」
ゲオルはひたすら『ニセモノ』と繰り返しながら連行されていった。
「……俺はこの女たちに、ゲオルと何を話していたのか調べてから戻る」
「了解だ!」
残ったひとりの視線に、ヒノカが食ってかかる。
「おっちゃん、ウチらがあいつの仲間かなにかと思っとるん――」
「ヒノカ」
女王が止める。そして後ろへ下がらせた。
この男は衛兵ではない。とてつもなく危険な存在だ。
「……見抜いているか。アンナ・ルル・ド・エルミタージュ」
「ええ。たとえ変装していても、これほど近づけばわかるというものです……ル・ハイド」
「そのとおり……」
変装を解き、正体をあらわしたのはル・ハイド。以前に女王の暗殺をもくろんだ人間のひとりである。
しかし今、この黒ずくめの刺客からは殺気が感じられない。『姿を見せに来た』といわんばかりに。
「ここで私の首をとるつもりはないようですね」
「……正面からやりあって勝てると思っていない。だが闇に紛れても防がれる……ならば、罠にかけるまで」
そう言うと彼は風のように跳躍。建物の屋根へ飛び移った。
「ゲオルの言葉を補足しよう。発見された『バレンノースの孫娘』は『偽者』。ソモンという男がそう仕立てあげている」
「っ……!」
「お前は動かざるを得ない。女王としてな」
「ソモンがいる場所、それは――」
「バレンノース城で待っているぞ」
ル・ハイドはどこかへと去っていった。
「お嬢。大丈夫か?」
「ええ……ここで剣を交えずに済んで……ヒノカに何もなくてよかったと思います」
「……あのな、ちょっと顔つきが変わっとるで。ゲオルの話を聞いてからや」
「バレンノース公の孫の偽物とは、さきほどおひねりをくださった方ではないかと……純金を渡すなんて普通ではないでしょう?」
「あの時はまだ偽物だと聞いてへん。話そらすな」
あっさりとヒノカにつっこまれた。
女王は嘘が苦手なぶん、言葉にせず伏せておくことには長けている。物心がつく前から女王として政治にかかわってきたからだ。
しかし彼女には通じなくなってきている。ともに旅をする仲で……素の顔をよく知るからだろうか。
それは嬉しく思っているが、今回に限ってはすこし困る。
「なんで『孫が見つかった』って聞いて、あんなに驚いたんや?」
核心をついてきた……
「貴族の娘がどこぞの男と駆け落ちした、なんてよくあるウワサやろ。お嬢……何を知っとるんや」
鋭い考察がとても手ごわい。もはや言葉のやりとりでは爺や……ジョゼフ以上かもしれない。
急にふきつける風が、女王たちの髪をゆらしていた。
「明日、あの娘さんが再び来るか確かめましょう。それができたら全て話します」
ある意味『逃げ』ではあるが、今は確証のない情報ばかりなのも事実。
金のインゴットをおひねりに渡してきた少女こそが、発見されたバレンノース公の孫娘……その偽物である。
か細い理屈の糸がつながるか、はたまた切れるのか。
お忍びの道中、『不安』を感じたまま就寝するのは初めてのことだった。
「よってらっしゃいみてらっしゃい! さあさあ、お代は観てのお帰りやー!」
翌日。
同じ時間、同じ場所でヒノカが芸を披露しはじめた。女王もまたいつものように、頃合いを見ておひねりの回収をする役だ。
「来た……」
集まった見物客がもりあがってくるころあい……あの少女が、他の人々よりもいくらか離れた場所に立っていた。
目を閉じて笛の音に耳を傾けている様子だった。そのうちに涙がこぼれはじめ、両手で顔を覆う。
ただならぬ事情があるのだろうか。女王は調査のためではなく、彼女ためにできることはないかと考えた。
これが終わったら声をかけよう……そう考えながら皿を手にとって小銭を集めはじめたとき。
銀貨を何枚もいれる者がいた。メイド服を着た、よく知っている顔――
「どうもー、お元気そうですね」
ルネだった。
調査のためコルン地方に残っていた彼女が、ようやく追いついたのだ。
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