第29話 ひびく怒号

 宿屋へやってきた馬は四頭。うち一頭にはルネが乗っている。先に来たのはマカザのほうだった。

 徒歩や馬車ではなく、自ら走らせてやってきたのなら……相当な急ぎ足だ。




「どうどう、どうどう!」


 高らかな声をあげて急停止させた若い男。ルネに目をやると無言の合図がきた。『こいつです』と。


「さあ来ちゃったぞ。おいメイド、仕入れた女はどこ? まさかあそこのガキんちょじゃないだろ?」

「まさかー、中にいますよマカザ様。そりゃもうすごーいのが」


「俺ちゃんは君もいいと思うんだけど。いっしょに来てよ、な」


 なめるような視線がルネの全身にそそがれる。


「あらあらご冗談をー」

「よし持って帰る! 決定! ハハハハ!」

「んー……」


 女王は、マカザがひとしきり笑い終わったところで話しはじめるつもりだった。

 だからルネには耐えてもらうしかない。口から発することはできないが、心のなかで目いっぱいの激励をおくった。そして――


「星剣よ……私のうしろに」


 背後に星剣を召喚した。






「ハーわらったわらった。じゃ、いよいよ対面しようかなっと」


 ふたりの家来とともに下馬したマカザ。こちらには目もくれずに通ろうとしたが、そうはいかない。星剣を横にあげて行く手をふさぐ。


「……ん? なにかなこれは……っと! とと?」


 剣を引っぱる、押す、叩く……しかし女王の剣は微動だにしない。


「……あのさ、なに?」

「残念ながら、あなたがこの先へ進むことはできません」

「ハァ……これだからガキんちょはキライだよ」


 これみよがしに手をパンパンとたたく。家来たちがにじりよってきた。


「つまみだせ。ついでに……」




 とつぜん、全員そろってニヤリと笑う。


「お前らこういうの好みだっけ? 好きにしていいぞ」


「ごちそうさまです」

「さすがマカザさま気前がいい!」


 左右からつかみかかろうとする家来の手を、一歩ひいてかわす。ぶつかりそうになった両者をまとめてなぎ払った。


「うげっ!?」

「ぎゃー!」


 よろけた先にはマカザ。彼をまきこみ、三人で肩を組むような姿勢になった。




「はっ!」


 両手をひろげて剣を一文字に構えると、強く前へ踏み出す。


「ちょ、まてまてまてまて!!」

「うわああああー!?」


 押し返された男たちは、まともに踏ん張ることもできずひっくり返った。


「痛ってえ!」


 すぐに動ける状態でなくなったようすを見下ろしながら、大地に星剣を突き立てて宣言する。


「マカザ、ならびに共の者たち。欲望にまみれたその非道……断じて許しません」


「ハァ!? なんだお前、えらそうに! 俺ちゃんが誰だかわかってんのかコラ!」


 つばを飛ばしながら騒ぎつづけるマカザ。彼は女王との面識がないので、ここで身分を明かしても効果は見込めない。

 コルン公が到着するまで拘束の必要が……と思ったが、どうやら待つ必要はなかったようだ。




「……来ましたね」




 前方、道のむこうで遠くはためくのはコルン公の旗印だった。それを指差し『縁戚』の到来をつげる。


「あれをごらんなさい」

「俺ちゃんに命令するな! 後ろになにがあるって……ああ!」


 そういいながら振り返ったとたん、マカザと家来たちがにわかに活気づいていく。


「あの旗は……おじちゃんじゃないか! おーーーーい! おじちゃーん! こっちだ。こっちだー!」

「コルン様? おおーコルン様ー!」

「おれらをお助けくださいぃ!」


「ハハハハ! 女神様は俺ちゃんたちに味方してくれたぞ!」

「万歳! 女神様万歳!」


 こうして初老の領主は、本人が想像しなかったであろう熱い歓迎をうけることになった。


 女王は騎士団を連れてくるよう要請していた。捕まえた野盗たちを連行してもらうためである。もちろんマカザたちも。

 




「いいところに来てくれたよおじちゃーーーーん!」

「お……お前はマカザ? どうしてここに……いや、それよりも女王――」

「聞いてよ聞いてよ!」


 マカザは、うろたえる相手の言葉をさえぎるように叫びながら女王を指差した。


「あのガキんちょがいきなり殴ってきたんだ! 暴力だ! 虐待だ! 犯罪だ!」

「……なに? いまなんと言った?」

「殴られたんだ! しかも見ろよ、あんな武器で!」


 泣きつかれたコルン公は驚きの表情を隠さなかった。縁戚の男と『ガキんちょ』を交互に見る……どんどん目が大きく開かれていく。




「お前……いったいなにをしたんだ……まさか……」


「いいからさっさと成敗してくれよ!」

「コルン様! 俺たちは通りすがっただけなんです!」


 マカザの家来たちも騒ぎはじめた。

 彼らは知っているのだ……公爵の性格を。


「わ、わかった。わかったから、すこし静かにしていてくれ……」


 コルン公は何度もうなずき、なだめながらも女王の前に歩んでいった。




「……女王陛下。フージ・マジ・コルン、ここに馳せ参じました……」

「は?」


 ひざまずいて頭をさげるが、声は小さくふるえていた。


「おじちゃんなにしてんの?」

「く、口をつつしまんか。こちらにおわすお方は我が国の女王、アンナ・ルル・ド・エルミタージュ様なのだ」






「あっそ。で、早くぶった切ってくれない?」


「なっ……!?」


 その言葉に騎士団もどよめく。


「そいつのことなんて興味ないし。いきなり俺ちゃんを殴ったのは事実なわけ。だから処罰! 当然のことじゃん」


「あわ……あわわ……」


「生意気なチビ。俺ちゃんが誰かもわからないバカ。ああそうだ、バカだから力が強いんだきっと。よくいるよなそういうやつ。あと俺ちゃんを見る目が冷たい。人のあたたかみってもんがない。生きる価値なし。ブスでカスでバカ――」






「うるさい!!!!!!」






 大地も割らんばかりの怒声に、さすがの女王も一瞬だけ肝を冷やした。ルネがこんなに大きな声を出すなど、記憶にない。


「その口をいますぐ止めろ!!」

「ヒッ!」


 マカザだけではない。その場にいるすべての人間が口をつぐんだ。どよめきもささやきもない。風すらも、ちぢこまったように止んでいる。

 憤怒のメイドからただよう気迫はすさまじく、騎士たちが武器に手をかけるほどだった。



 殺意。



 誰もがそう解釈しただろう……彼女をよく知る、女王をのぞいて。

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