第27話 月夜のたたかい

「月がきれいですね」

「そうやな……きれいや」

「まるくて、明るくて……」

「途中で食べた団子、うまかったなあ」

「まあ、ヒノカったら」


 月明かりのもと、荷車を引く女王とヒノカ。今宵は満月……蒼くそまった平原が風にそよぐと、まるで湖の底にいるようにさえ思えてくる。


「ははっ冗談や、冗談」


 空を見つめたまま、ヒノカはつづけた。


「お嬢と初めて会ったときも……こんな夜やったな」

「ええ……よく覚えています」


 初めてのお忍び、ましてや誕生日の夜のこと。忘れるはずがない。


「城の外の景色……星のかがやき……町の光、すべてが美しく見えました。そして最愛の友人とも出会えた大切な日です」

「……まーた始まったで。お嬢の人ったらしが」


 ヒノカについて思っていることを話すと、彼女はもじもじすることがある。なぜなのかわからないが、いわく『人ったらし』というそうだ。




「そ、それはそうと! おかみさん、根性のすわっとる人やったな」

「ええ。ご主人の話をすぐに受けいれる姿にはおどろかされました。あの、ヒノカ……?」

「なんや?」

「うまく言えないのですが、あの人から母親の強さと言いますか……そのようなものを感じませんでしたか」

「ああ、肝っ玉かあちゃんってやつやろ」


 あっさりと肯定されのが少し意外だった。ナタリーが特別だと思っていたからだ。


「『きもったまかあちゃん』とは、ありふれたものなのですか?」

「ウチのかあちゃんも似た感じやったで。まあ、ありふれた性格なのかはちょっとわからんけども」

「ヒノカのお母様……いつか会って、お話してみたいですね」


 親子はきっと似ているのだろうと思う。いまのヒノカを形づくった、いろいろな出来事を聞いてみたかった。しかし――




「……そういえば教えたことなかったな。ウチの両親、もう死んどるねん」

「っ……ごめんなさい」

「ええってええって。謝ることやないで」


 気分を害した様子はまったくなかった。世間ではよくある会話なのかもしれないが、もし施政の影響で亡くなったのなら……女王として責任を感じずにはいられなかった。


「おとうちゃんは事故、おかあちゃんは病気や。だれのせいでもない」

「……ありがとう、ヒノカ」


 こうして心をささえられるのは何度目だろうか。さきほど『最愛の友人』と表現したが、それではとても足りない。


「ウチの家、なかなか貧乏でな。なんちゅーか……物心ついたときから『えらい人間はみんな敵や!』なんて思ってたんや。でもな」


 肩にポンと手がおかれた。布越しでもあたたかく感じられる。


「お嬢と会ってからは……ちょっと変わった。だからその……」


 ひと呼吸の沈黙。荷車の音だけが、しばしの時をつつんだ。


「いつもありがとうな」


 返事をするかわりに、肩の手をやさしくにぎりしめた。今はそれで充分だった。


「へへっ」

「ふふっ」


 出会った日とかわらぬ月が、ふたりを見守っていた。






 かわいた雑草と土のうえを歩きつづけ、小さな丘をのぼる。宿屋の主人の話では、丘のむこうに野盗の拠点があるそうだ。

 頂上から見下ろすと焚き火らしき明かりが見えた。そばには大きなテントがひとつ、小さなものがみっつある。


「あそこですね……」

「よっしゃ、やるか」


 女王は荷車に寝ころび『仕入れた娘』に、ヒノカは外套を深くかぶりなおして『野盗の一員』となった。


「準備はええか? 連絡用のたいまつ、つけるで」

「はい。どうか気をつけて」




 目を閉じ、そのときを待つ……ボッという、火のついた音が聞こえた。




 ガタガタと荷車がゆれる。ある方向から人間の気配がやってくる……目的地に近づきつつあることがはっきりとわかった。



 男たちの野太い声がとぶ。


「おーい、こっちだ、こっち」

「待ちくたびれたぜえ」


 たいまつを振る音。

 返事をすれば声で変装だと見抜かれてしまう。身振り手振りで応じるよう、ヒノカとうちあわせ済だ。

 



 荷車がとまった。多くの足音が近づいてくる……その数、十人。


「どんな女かはやく見てみようぜ」

「なあ、ちょっとでいいから『味見』してーんだがよ」

「バカ! それでキズモノにしたら、バレたらどうすんだ」

「わかんねえだろそのくらい。ヘヘヘヘ……」


「おまえらいい加減にしろ! 『無傷の若い娘』じゃねえと依頼主が金を払わねえかもしれねえだろうが!」

「へ、へい!」


 いま発言したのが親玉だろうか。彼は『依頼主』と言った。つまり雇った者がいることになる。




「だから傷がつかねえように味わえ」




「うひょーーーー!」

「さっすが親分!」


「ヒャヒャヒャヒャ! さっそくいただきまーす!!」


 歓声をあげながら、ひとりが荷車に乗りこんできたようだ。


「……ああん? こりゃまだガキじゃ――」




 目を見開いて、のぞきこんでいた男をつきとばし、高々と跳躍した。


「来たれ、星剣!」


 閃光と衝撃をともなって、女王のもとに星剣が飛来する。その姿は雷をつかむ物の怪に見えただろうか。


「ぎゃああああ!!」

「バ、バケモノ!」


「お、おおお、おおお前らおおお、おおち、落ち着け!?!?」


「野盗たちよ、観念しなさい!」




 反撃してくる相手を経験したことがないのか、ほとんどの者は尻もちをつき、地面を這いずって逃げようとしていた。

 立っていたのは二人だけ。そのうちの一人を電光石火、ふみこみからの袈裟斬りでうちたおす。


「ぐへっ!」


「なんなんだこいつは!?」

「親分、やっちまってくだせえ!」






「あ? 親分は?」


 頼みの『親分』は、立っていた残りの一人だったが……


「うおー! 逃げるが勝ちだぜええええええ!!」

「お、おやぶうううううん!?」




 女王に背をむけ、武器をも捨てて逃げだしていた。


「逃がしません!」


 忍ばせていた重し付きの縄を投げつける。ヒノカから借りた捕縛用の道具だ。


「うおっ!? おっおっおっおお!?」


 命中すると重りがぐるぐると回転し、体に縄を巻きつけていく。『親分』はたちまち体勢をくずした。


「くそお、なんだこれはああああ!!」

「おやぶ――ブホッ!?」


 女王は残る者たちにも一打をくらわせ、動く力を失わせた。





「……あれ、もしかしてもう終わったんか? え、ほんまに? やっと一息つけるって思っとったのに?」


 野盗全員が地面に倒せ伏すのと、ヒノカが荷車の下へと避難し終わったのは、ほぼ同時のことであった。

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