第26話 宿屋の野盗、つかまえます
「どうぞ、スープをお持ちしやした。熱いうちに……め……め……めし……」
宿屋の主人が言葉をつむごうとするが、なかなか先が出てこない。手のふるえはますます大きくなっていく。
カタカタとゆれるスープ皿……こぼれないうちに受けとろうとした、そのとき。
「ありがとうございま……あら?」
ひらりと一枚の紙が落ちた。
「これは――」
それは手紙。のたうち回ったような字で『警告』が書いてあった。
『飲んではいけません。逃げてください』
この宿屋に入ってから続く『違和感』のうらづけには充分だった。
「う……うう……」
崩れるようにひざをつく主人。皿は床に落ち、スープが飛び散る。
いまいちど感覚をとぎすまし、周囲の気配をさぐる。まだ安全な状態はつづいているようだ。部屋の片隅においてあった布巾で床をふきながら、ひっそりと声をかけた。
「ご主人。さきほど誰も泊まっていないとおっしゃいましたが……他の部屋に合計五人、いますね?」
「えっ!?」
「今なら、だれも聞き耳をたてていません……事情をくわしく聞かせてください」
「お嬢さん……なんで……?」
安心させるために、大きくうなずいてみせた。
「私はあなたがたを助けたいのです。きっとお役にたてると思いますよ」
話をきくにつれ、彼のかかえる事情が明らかになっていった。
「……実はオレ、野盗とつるんでるんでやんす。客の中から『ねらい目』を見定める役でさぁ。ナタリーとここで商売しはじめて、すぐにあいつらがやってきて……」
語るにつれて、主人の目から涙がこぼれおちる。
「いわば『みかじめ料』ってやつで。協力すればオレたちには手を出さないってことで……これはオレの独断で。ナタリーはこのことを知らないんでやんす」
「ナタリーさんのために、ずっとおひとりで戦っていたのですね……」
「そんなキレイなことじゃ! 自分たちのために何人の客を売ってきたか……」
「はい、質問がありまーす」
ルネが手をあげた。
「今回は眠り薬をつかおうとしましたよね。どうしてですかー?」
「ど……どうしてそれを!?」
「んー、においで。料理を出されても口にしちゃダメですよーって、さっき話してたとこです」
「は……ははは……お嬢さんたち、いったい何者なんですかまったく……」
ヒノカたちと目をあう。聞かれたときの返事は決まっている。
「ふふふ、通りすがりの旅の者です」
「さーて。では行きましょうか、お嬢様!」
「ええ」
まずは他の部屋にひそむ賊たちを退治する。
宿屋の主人には、何食わぬ顔で厨房へともどるよう指示をした。いまごろは眠り薬スープを温めなおしているはず。
悪人といえどスープは温かく。女王の意向だった。
「向かって左の部屋に三人……右には二人。ルネ、左側をお願いします」
「かしこまりましたー」
そっと廊下に出て、抜き足、差し足、忍び足……二人とも扉のまえに立った。目で合図をおくり――
「今です!」
同時に、すばやく扉をひらく。女王が開けた部屋では、男たちが椅子にもたれかかっていた。
「うおっ!?」
「なん――」
「失礼しますっ!」
ひとりは、サッとふところの武器に手をかけた。しかし女王のほうが早い。胸元へ杭をうちこむように手刀をみまった。
もうひとりは立とうとしたところ、いきおいあまって椅子からすべりおちている。床にうちつけた腰がよほど痛かったか、迎えうつどころではなさそうだ。
「いてててて……テメッ、なんなんだテメェ!」
「通りすがりの旅の者です」
「わけわかんねェぞぐえっ!?」
用意していた縄で手早く縛りあげる。ヒノカ直伝の、抜け出せない縛り方。
「クソッ! だれかたすけてくれ! たすけてくれェ!」
じたばたしながら声をはりあげるが、だれもあらわれることはなかった。
つかまえた野盗の全員がスープで眠ったころ。
宿屋の主人は、最愛の女性にすべてを打ち明けたのだが――
「知ってたよ」
「ナタリー……まさか、今までのこと全部?」
「うん。知ってる。あんたのことならなんでもね」
「そう、だったのか……」
「あたしも同罪だよ。あたしたちのために、ずっと見ないフリしてたんだから」
「ナタリー……」
「ひとりで背負わせてごめん……ごめんね……」
「謝るのはオレの、オレの……う……うああああああ!」
「うう……ええ話やな……」
「……しばしの間、そっとしておきましょう」
涙がふたりの間を満たすまで、そうすべきだと思った。
女王たちは賊から聞きだした『拠点』へ乗りこむ用意をはじめた。野盗を捕らえ、この地方をおさめるコルン公を呼ぶのだ。
書状をとどける役目は主人が引き受けてくれた。あとは――
「……ナタリーさんを一人にするわけにはいきません。よってルネは残ってください」
「いやはや、責任重大ですね」
「お嬢、どうやって拠点に近づくつもりや? 騒ぎを起こしたらひとりくらい逃げるかもしれんで」
「外に荷車がありました。それを使いましょう」
「……なるほど、眠り薬を使ったのは『無傷の若い女性を仕入れるため』やったな」
「ええ、『仕入れ』のふりをして近づきます。荷物の役はこの私……」
「じゃあウチは荷車を引く役目か?」
「重かったらごめんなさい。あっ、とちゅうまでは一緒に歩きますから安心してくださいね」
「はははっ! お嬢の体格なら最初からでもだいじょうぶや、任せとき!」
コンコンとたたく音がして、扉が開いた。
「お待たせしやした、お嬢さん。もう……大丈夫です」
したためておいた書状を手にとり、主人に手渡した。
「では、これをコルン公のところまでとどけてください。必ずお力添えをしてくれます」
「ははは……オレはあんたたちを助けて、ナタリーを連れて逃げるつもりだったんだけど。なんだかすごいことになっちまって」
「あなたの勇気が女神にとどいたのですよ。ふふっ」
「お嬢様ー! お気をつけてー!」
「あんたー! しっかりねー!」
見送りに手をふってこたえながら、荷車を引いて歩きだす。
借りものの外套を身にまとい、フードをふかくかぶった女王とヒノカ。見た目はまさに宿屋の人間そのもの。
あとは拠点に近づいたら背を曲げ、肩ひじを張って華奢な体格を隠せばいい。
「さあヒノカ、がんばりましょう!」
「おう!」
車輪がえがく二本の線とともに、ふたりは進む。
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