第13話 先代女王の足あと
「ヒノカ、ありがとう。助かりました」
「どういたしまして。悪質な客引きやったなあ……前はあんなのおらんかったで」
「悪質ですか……強引だと思ってはいましたが、判断しかねなくて……まだまだ勉強が必要ですね」
「今の人が言ってたお店って、あの派手なところですよね」
「ん? ああ、あの看板か……目が痛くなるような色やな」
『シャルカン商店・メルル焼きならここが一番!』
かがやく銀色に加えて七色のらせんが縁を飾る看板をはじめ、白塗りの多い町のなかでとても目立つ店だった。
遠くからながめるだけでも繁盛しているとわかるほど、長い行列ができている。
「シャルカン……」
「あのーお嬢さま。そのブローチ見せてもらえますか?」
「え? ああ。はい、どうぞ」
ルネといっしょに、先ほど渡されたブローチと店を見比べる。
メルルバル産の陶磁器は『メルル焼き』と呼ばれ特に有名で、女王の城にも多くの名品が納められているほどだ。
人気店ならばツヤ、色合い、形……あらゆる点でも最上級にちがいない。そう思ったのだが……
先に口を開いたのはルネだった。
「言っちゃなんですけど……すごーく良いもの、というほどでもないような……」
「そう見えても、たくさんのお客様が足を運ぶ理由があるはずですよ」
「二人そろって難しく考えてるようやけど」
小瓶を拾い終えたヒノカ。
「繁盛の理由は『目につきやすい』からやと思うで」
「それだけで人が集まるのですか?」
「目立つのも大事や。誰も来んかったら商売にならんからな。もちろん、値段と質もおろそかにしたらあかんで?」
「値段と質……あのお店の品はどうか、気になりますね」
「ひょっとして中に入るつもりなんか? やめといたほうがええ、またアイツに絡まれるかもしれんで」
とはいうものの、『商売』については知らないことが多い。この機会に少しでも学んでおきたかった。
そこに助け船を出したのは中年の紳士……もとい、変装したルネだった。
「なら、ここはわたしにお任せくださいな」
「うおっ!? え……その声、まさかルネの姐さんか?」
「その通りですー。これならさっきの人にもバレないですよね。にししっ」
「頼みましたよ……あら、もう行ってしまいました」
「ずっと思っとったんやけど、あれ絶対ただのメイドじゃないやろ……」
「うふふ。彼女は本物のメイドですよ。腕がたち、医療にもくわしい……薬師になりすまして隠密活動ができる素晴らしいメイドです」
「っちゅうことは……なんて言うんやっけな……あー思い出した。『忍者』みたいなもんか」
「ニンジャ……?」
聞きなれない言葉だった。けれど――
「なんだかいい響きの言葉ですね……これから使わせてもらってもいいですか?」
「えっ……うん、まあ、お嬢がええと思うならええんやないかな」
メイド忍者、ルネ。
いつか城にもどったら彼女をそう任命しよう。
『本物のメイド』あらため『メイド忍者』が帰ってきたのだが、報告の声はすこし残念そうだった。
「商品の数ばかり多くて質はあんまり……それでいて値段はいっちょまえでした。ちょっとぼったくりかなーと、わたしは思いますね」
「それでもお客さんがあんなに……商いとは複雑なのですね」
「あまりにたくさん人がいたんで、天井にはりついて偵察するハメになりました」
「アンタはクモかなんかかーい!!」
ヒノカの切れ味するどい声が響きわたった。
その日の夜、宿屋の広間でたいへん興味深いものを見つけた。
精巧なメルル焼きの人形。それも――
「……母上?」
幼いころの記憶より若いが、顔立ちがよく似ている。なによりも頭上にかかげる剣が『星剣』そのものだった。
宝物を見つけたような気持ちになり、二人を呼んで一緒にながめた。
「どうです! このお姿、とってもよくできているではありませんか!」
「へぇー……こりゃたしかに誰かさんそっくりやなあ」
「わたしは絵でしかお姿を見たことありませんけど、そっくりですねー」
「横から失礼します。お客さん、その人形に興味がおありで?」
ちょうどよく宿屋の主人が声をかけてきたので、聞いてみることにした。
「このメルル焼きがいつごろ作られたものなのですか?」
「二十年ほど前……先代の女王様が、お忍びでお越しになったときのお姿をもとに作られたものです」
「まあ! やはり先代をかたどったお人形なのですね!」
「ええ。ストガルドという名の職人が、その勇ましさに感銘を受けて作ったとか。『先代が一晩を過ごしたこの宿に置いてくれ』と、私の父がゆずり受けてここに置かれたそうです」
「一晩を……ここで?」
「はい。当時この宿はできたばかりでして、お客さんがぜんぜん来なくって……私も子供ながらに、頭をかかえる父の心配をしたものです」
「そこへ先代が泊まりにきたっちゅうわけか」
「もちろん最初からわかっていたわけではありません、お忍びですからね。後でわかったときは大騒ぎでしたよ。それからお客さんが入るようになって……あのお方には本当に感謝しています」
「女王が泊まったとなれば、このうえない宣伝になったやろなあ……」
「ジョゼフ様が苦労したっていうの、ちょっとわかったかも……」
「お忍びで……この町に……」
母の話を聞いていると、好奇心がわいてくる。
女王として目標であり理想の人物……なによりも今は亡き肉親。もっとよく知りたいと思った。
「あの、お人形を作られた方に、ぜひお会いしてみたいのですが……ストガルド殿は今もこの町におられますか?」
「いますけど、あの人はなかなか気むずかしくて……いや、最近は宣伝に力を入れるって言ってたから大丈夫かな。わかりました、工房の場所を教えましょう」
翌日。
職人をたずねて工房までやってきた。大通りから外れた脇道に立つ、質素だが広さのある建物だった。
古そうな木製のとびらの上に、不器用な字で書かれた看板がぶらさがっている。
『メルル焼きならここが一番!』
「お嬢さま……つい昨日、同じうたい文句を見たことあるんですが……」
「偶然でしょうか……コホン。気を取りなおして……」
とびらをノック。
「ごめんくださいませ」
中からドタドタと足音がして、勢いよくとびらが開く。
女王たちを出迎えたのは真っ白な髪と髭をたくわえた、体格のいい男性だった。彼が職人ストガルドだろうか。
「いらっしゃいまし! メルル焼きのご注文でごぜえますか! おっと待てよ、見学ってのもあるし……あとなんかあったかな、あーっと――」
「ストガルド先生、落ち着いて! 用件は客が自分から言ってくれますから」
「あぁ……こいつは失礼しやした! なんなりとお申しつけを!」
後ろの男に指摘されると、慣れない様子で頭をぺこぺこと下げはじめる。
「はじめまして。私は、旅芸人一座の座長エルミーナと申します。こちらの二人は、共の者でございます」
「こりゃごていねいにどうも! あっしはストガルドでごぜえます!」
『職人ストガルドは気むずかしい』と聞いていたが、想像とは違った意味でむずかしいかもしれない……
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