第14話 柔らかかったな……

 ……寝れん! もう、ずーっと天井を見てる。


 ちらっと横を見る。


 ミコトがこっちを向いて寝ていた。柔らかな光に照らされたミコトの寝顔に、思わずドキリとしてしまう。


 けれど……、こうやって改めて顔を見ると、やっぱりどこか似てるんだよな、あの子に。


 実は最初に目が合った時にも、脳裏にちらっとあの子が浮かんでいたのだ。


 あの子ってのは、俺の初恋の相手だ。恋って言うほどのものでもないのかもしれなけれど、俺にとってはずっと忘れられない子なんだ。


 ポケットから生徒手帳を取り出す。めくると小さなビニールの袋に入った髪留めゴムがすべり落ちてきた。なんの飾りもない赤いゴムだ。


 これは初恋の相手に貰ったもの。


 それはもう十年近く前、小学校に上がる直前のことだった──。


 その日、俺は一人で、春から通うことになる小学校の通学路を歩いていた。今考えたらなんて事のない近所の道だけど、その時の自分にとってはちょっとした冒険だった。


 その時に住宅街へ続く道で、その子に出会ったんだ。


 その子はたくさんの犬に追いかけられていて、泣きながら逃げていた。行き止まりに追い詰められて、襲われそうになっていたのを助けたんだ。


 チェック柄のスカートを穿いたポニーテールの女の子だった。


 どうにか犬たちは追っ払ったんだけど、その子はまだ泣いてて、逃げてる時に転んだのか、膝を擦りむいていた。だから、近くの公園まで一緒に行って、そこで膝を洗ってあげたんだ。


 お互いに名前も知らない。ただ、その子は帰る時に、髪にしていたこの赤いゴムをお礼にくれた──。


 たったそれだけのこと。


 けれど、その子のことが忘れられなくて、小学校に入学したら会えると勝手に思っていた。でも会えなかったんだよな……。


 そしてそのまま小学校では会えず、中学でも出会うことはなかった。


 勝手に同い年くらいかなって思っていたけれど、違ったのかもしれない。別の学年にも、それらしい人はいなかったけど。


 今思えば、あれは春休みの出来事だ。もしかしたら、近所の子とかじゃなくて、春休みに親戚の家とかに遊びに来てた、まったく別の町に住んでいる子だったのかもしれない。


 もうその可能性にも気づいているのに、その一目惚れした女の子が忘れられずに、このゴムを今も大事に持っている。


 それで実害も出てんだよな……。


 こんなフツーな俺なのに、中学の時に一度だけ告白されたことがあるんだ。一個上の先輩から。けど、そん時も、どうしてもあの子の顔がちらついて断っちゃったんだよな。未だにちょっと後悔してる。


 いつまでも引き摺っててもな……。もう高校生だし、てか異世界にまで来ちゃったわけだし、また会える確立はゼロに近い。いい加減もう、断ち切るべき時だろうな……。


 けれど、今のミコトの顔を見ていると、どうしても思い出してしまうのだ。どことなく似てるから……。


 生徒手帳をポケットにしまって天井を向く。


 何気なく横を見ると、ミコトはもう背を向けていた。


 寝息に合わせて、小さな背が上下している。


「…………」


 俺は自分の手を見つめた。あの時の感触を思い出す。


 ミコトは元から華奢だったけど、さっき肩掴んだらもっと小さくなってた。


 小さくなってるのに、なんか丸っこくて柔らかかったな……。それになんか熱かった。熱いのは、俺の手だったのかもしれないけど。


 なんだろ、この気分……。


 今までも、男同士でふざけて肩組んだり、腕や肩を引っ張ったり掴んだり小突いたり……、何気なく普通にやってた。


 それは別にわざと乱暴にしてるつもりなんかないし、男同士だからそれでよかったんだけど……。


 さっき、会話の流れで思わずそのノリで肩掴んで分かった。男同士のノリで掴んじゃいけないものだったな、あれは。


 掴んだ瞬間に思った。


 あ、これこの感じで触っちゃダメなヤツじゃん、みたいな。なんて言葉にしていいか分かんないけど。


 なんだろ、ちょっと罪悪感? 胸がチクッとする感じがした。


 乱暴に掴みすぎたな。もしかして痛かったのかな、さっき……。


 俺もミコトに背を向けて目を瞑る。


 男同士のノリでは、もう無理だな。注意しないと……。

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