CHOICES
東 里胡
私を待っていたのは
ああ、どうしよう、どうしたらいいんだろう?
どっちを選ぶべきなのだろうか?
例えば私が二人いたならば、こんなに悩むことはなかったのだ。
好きな人と好きだと言ってくれる人に、同日にプロポーズされるなんてことある?
誰かに相談したらリア充すぎて笑えない、自慢か! と突っ込まれそうだけど。
そうではないのだ。
私は今、自分の将来についてを真剣に考えているのだ。
自分の想いに正直に生きるならば迷わず10歳年上の今お付き合いをしている修二さんを選んでいた。
ただ少しの打算をしてしまったなら、普通のサラリーマンの修二さんではなく、将来親の会社の跡取りを約束されている幼馴染の彰にも気持ちが傾いていたのは確かだ。
だって28歳だもの、30歳手前だもの、そりゃ色々と考えてしまうわけよ。
19時に修二さんと待ち合わせて、レストランでプロポーズを受けた。
一瞬、彰の顔が頭に過り、焦らすように「返事はまた今度」と笑顔で別れた後。
21時に最寄り駅で、バラの花束を抱えた彰にプロポーズされるなんて。
5年間、修二さんを待ち続けた私。
当然、彰にも「返事は次の時に」と笑顔ではぐらかした。
中学生の頃からずっと私を好きだった彰。
さて、私はどっちを選ぶべきなのだろうか? どっちを選んだら幸せになれるのだろうか?
重いため息をついて、カードキーで自室マンションの扉を開けた。
開けるまで、気付かなかった。
リビングから漏れる灯り。ああ、またやってしまった、今年何度目かの電気の消し忘れ……。
ガチャリと力無く開けた先には、煌々と電気のついたリビングと。
「「おかえりなさい、里保」」
声のそっくりな二人の女の人がテーブルを挟んで向かい合い座っていて、私を出迎えたのだった。
誰?! と悲鳴を上げそうになる私に、彼女たちは「静かに!」と人差指を立てた。
「よく、見てよ、里保! よーく、見て? 私たちを!!」
不法侵入者な彼女たちは、ほらほらと自分たちの顔を各々指を差す。
正直言ってしまえば、あまりに驚き過ぎて心臓は飛び出そうだ。手足はもう震えあがりすぎて逃げることもできないから、彼女たちの言いなりになるしかない。
ここで包丁でも出されたらオシマイだもの……。
なぜ、自分の名前を知っているのか、どうやってこの部屋に入ったのか、とか聞きたいことは全て飲み込んで。
彼女たちが言うように、よーくその顔を観察した。
向かって左の彼女は、膝の上に置いたバッグもブランドものだし、着ている服は、とっても高そうなものに見えた。
なのに、どうしてだろう、その顔は全然裕福そうな顔をしていない。
目の淵や唇の横には厚手のファンデーションでカバーしきれていない痣があり、夏だというのに長袖なのも気になる。
向かって右の女の人は、とても貧しそうな恰好をしていた。
サマーセーターは、毛玉ができていてパンツの膝は薄くなっているのかテカっていた。
やせ細り、疲れたような顔をして、苦労しているのだろう。髪の毛にも艶が無くてテーブルの上で組んだ手はあかぎれだらけ。
だけど、二人の顔立ちは、とってもよく似ている。
そう、本当によく似ているのだ、私に。
「わかってくれた? 私たちは未来のあなたなの、里保」
寂しそうに微笑む裕福そうな女。
……、ああ、今日は疲れたもんね、私。
きっとこれは幻なのかもしれない、とギュッと目を閉じてリセットするように目を見開いた。
「まあ、信じられないのは無理ないでしょうけどね」
私がしていることを理解してバカな子、とでも言いたげな顔をした苦労してるだろう女は苦笑している。
「私の名前は、坂崎里保、33歳。夫の名前は彰、そう言えばわかるかしらね?」
坂崎彰、それはまさに今日私がプロポーズを受けた幼馴染のことだ。
「あなたが今日という日に、彰を選んだからこそ
と大きなため息をついて顔に痣のある裕福そうな坂崎里保さんは諦めたような笑いを浮かべる。
「ねえ、里保、私は今幸せそうに見えている?」
食い入るように私を見上げた彼女に、頷くことができないでいると。
「私は堀内里保、33歳。夫は修二よ」
もう一人の女性も恨めしそうな顔で私を見上げてきた。
堀内修二、私が付き合っている彼の名前。
「ねえ、見て? 酷いあかぎれでしょう? 脱サラしたのよ、あの人。今は二人で小さな食堂を経営して働いているの。あ、脱サラって言ったら聞こえはいいわよね? 違うわ、会社をクビになったの。理由はわかってるでしょ? 自分のことだもの」
その理由に心当たりがありすぎて、胸が痛む。
堀内里保さんの問うような視線に何も言い返すことができないままでいる私に、二人は首を振る。
「あのね、私たちはあなたを責めにきたわけじゃないの、里保」
「私も、堀内さんも気づいたらここに来ていたの、今日という日に」
「あなたが修二さんを選んだ日に」
「あなたが彰さんを選んだ今日という日に」
混乱しそうになる私に、彼女たちは声を揃えてこう言った。
「お願い、どっちも選ばないで欲しい!!」と。
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