第131話 道標

 目の前に立てられた看板。そこにはただの矢印だけが描かれている。

 目的も無く歩き続けている道は、平坦な一方通行だった。振り返って来た道を戻ろうかと考えたこともあるが、なんとなくそれはしない方が良い様な気がして踏みとどまる。

 いつまでこの道を歩き続ければよいのかは、未だに答えは見え無い。

 ただ、休憩を挟みつつも、前へ、前へと進み続けることしかできない自分が、そこに確かに存在していた。

 何処までも続く真っ直ぐな道程。ただひたすらに歩き続けていると、そのうち道の形自体が大きく蛇行し始めてきたことに気付く。直線で進むことが出来るのならば大した距離ではないはずなのに、大きく湾曲を繰り返しているせいで、大分遠回りになってしまうことに感じるストレス。

 歩く歩数が多くなれば成る程、身体に蓄積する疲労が強くなるのだ、それは当然だろう。

 それでも、引き返す訳にはいかなかった。

 何故なら、振り返れば同じだけ湾曲した道が背後に続いているのだ。

 先に進んでも後に戻っても同じだけ苦労するならば、先に進み続ける方が幾分マシというもの。だからこそ、惰性で脚を動かし続け、前へ、前へと進み続けることを選択したのだ。

 そうやって歩き続けて辿り付いたのがこの分かれ道。

 今までは、このような選択肢に迫れることなど無かったため、何も考えずに脚を動かし続けるだけで良かったのに、ここに来てどちらを選ぶかという選択肢を与えられ戸惑ってしまう。

 どちらの道も先は真っ暗で何も見え無い。

 違いがあるとすれば、右に行くか、左に行くか。それくらいだ。

 丁寧に立てられた看板はあるが、そこに二つの道の詳細なんてものは一切表記されていないのだから、何のあてにもなりはしない。

 結局のところ、右を選ぶか左を選ぶかを決める基準なんて曖昧で、気分で決めるしかないということなのかもしれない。

 仕方が無いから取りあえず左を選択し、再び道を歩き続ける。

 段々と光りが少なくなったその道は、少しずつ道幅が細くなり酷く心細く感じてしまうものだった。ただ、唯一の救いは、その道が先程のように蛇行を繰り返していないということだろう。

 分岐から左に進んだ道は、心許ないながらも真っ直ぐに先へと伸びている。ぼんやりと光る道から一歩でも脚を踏み外せば直ぐに闇に囚われてしまいそうなのに、光りを辿るように進めば大丈夫という妙な安心感も確かにあった。

 だからこそ、焦りながらもその道を迷うことなく進むことが出来たのだろう。


 次の分岐点は、三叉路になっていた。

 先程と同じように、分岐には意味のない矢印だけが描かれている立て看板が一つ。やはり、先程と同じように先に進む道に関しての詳細は一切表記されておらず、どの道が正解なのか、またしても答えに悩む状態。

 随分と考えた後で、今度は先程とは逆の選択肢を選び先に進む。

 この道もまた、細くて真っ直ぐに長いものがひたすら続いているようだ。先程と対して変化を感じられないことに安堵しつつ、少しばかり退屈を感じながら先に進んでいく。


 そうやって、何度か分岐に辿り付き、その度に意味のない看板と睨めっこを繰り返しながら、なんとなくで道を選んで先に進んでいく。

 それを幾度となく繰り返していく内に、段々と何故それを繰り返しているのかが分からなくなってきてしまった。


 私はなぜ、こんなにも必死に歩き続けているのだろう。

 改めてそんなことを考えた時、始めてこの道のある意味は何だろうという疑問にぶつかったような気がする。


 先の見えない薄暗い道。

 歩く事を強要されたわけではないはずなのに、その歩みを止めるのを選択する事は無かった。

 何も疑うことなく、先に進むか後に戻るかしかないと思っていた選択肢。

 でも、それは、必ずしもそうしろと言われたから行っている事では無かったことに、今更ながら気が付く。

 そしてまた、やってきた分岐点。

 目の前には、いつもと同じように意味を成さない立て看板が立てられているのだ。

 ただ、今までとは異なる事が一つあることに、先程気が付いてしまった。

 今度の分岐点は全部で五つ。内、四つは今まで通り意味の分からない矢印だけが記されている。

 たった一つだけ今までと異なる立て看板があるのだが、そこには文字も矢印も描かれていない。

 私はふと、その看板に興味が沸いてしまった。


 選べる選択肢は全部で五つだが、どれを選ぶかを決めるのは自分だ。

 今まで通り、矢印の描かれている看板を適当に選んで進むのか、敢えて何も描かれていない看板を選んで進むのか。

 私は一体、どれを選択すればいいのだろう。それが分からず呆然と立ち尽くす。

 ただ、何と無く分かるのは、何も描かれていない看板を選べば、この旅の終わりも近いのではないのかと言うことだ。

 考えてみれば今まで、様々な事があったのだろう。

 振り返れば随分と長く道が続いていたのだと言う事を改めて理解する。

 それはきっと、楽な道のりではなかったし、退屈な事の方が多かったのかも知れない。

 一つ一つのことをハッキリと覚えて居る訳でもないが、それでも確かに、この旅路は私が選んで進んできた大切な時間であることは間違い無い。


 私はもう、疲れた。

 それならば、選ぶ選択肢は一つ、ということなのだろう。


 漸く下せた決断に小さく頷くと、私は躊躇うことなく何も描かれていない看板の道を選び歩き始める。

 この先に何が待っていても、きっと後悔はしない。


 何故なら既に、この旅路の行く先は、ずっと道標に記されていたのだから……。

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