第132話 身長

 二人の身長差は頭一個分。見上げるくらいが丁度良い。それが私が理想とする高さ。

 だから常にその高さを意識して、その条件にあう相手を探してきた。

 一つの関係が終わると、また新たな関係に。そうやって次から次へと移り変わる流れに逆らわないようにしながらも、自分の意見を曲げるつもりもない。

 それだけは譲れない拘り。こればかりは何を言われても変えるつもりはないし、文句を言われたらその時点で関係なんて切ってしまうつもりだし。

 そもそも、私が提示している条件なんてそんなにハードルが高いとも思っていなかったから、個人的にはこの展開は予想外ではあった。

 難しい条件なんて何一つ提示しているつもりはないのに、それを口にするとみんな揃って渋い反応を返す。見た目で分かる事なのに、何がこんなにも納得しにくいのかが分からない。その理由を尋ねてもみたが、具体的な返答は一切皆無。曖昧に言葉を濁して去って行ってしまうのだ。

 一体、私の何が気に入らないのだろうか。

 いつになったら運命の相手に出会えるのかがわからなくて段々不安になり気持ちは急降下。

 もう一生出会えないのかななんて酷く落ち込んでいたときに、奇跡っていうのは起こるみたい。

 やっと出会えた理想のあなたは、私の条件を全てクリアして最高のパートナー。

 だから、いつも以上に甘えてしまったのかもしれない。

 キスをしたいから屈んで欲しいとおねだりしたら、相手は素直にそれに応じてくれる。

 でも、今日は何かがおかしいと感じてしまうのだ。


 確かに感じる違和感なのに、何がおかしいのかが分からない。

 それでも、おねがいしたキスはいつもと同じように甘く蕩けるようなもので。段々とそんな違和感なんてどうでも良くなってきてしまう。

 だからこの時はそれほど深くは考えなかった。

 この違和感がなんなのかと言う事を。


 そして、別の日。

 この日は朝から家のソファでゆっくりとした時間を過ごす。

 喉の渇きを覚え、飲み物を取ってくるためにキッチンへと向かうと、後ろから近付く気配。振り返れば目の前に立って優しく微笑む相手の姿。それがとても嬉しくて、私は両手を伸ばし抱きしめて欲しいことをアピールする。

 それに快く応じてくれる相手は、少し強いくらいの力で私の事をめいいっぱい抱きしめてくれた。

 それがとても嬉しくて思わず表情を緩めるが、やはり何か違和感を感じてしまう。

 これは一体何なのだろう。今回もぼんやりと考えるが、やはりその答えは見つけられず、ただもやもやが残るだけだった。


 そしてまた、別の日。

 この日は二人でデートを楽しんでいた。

 隣で歩く歩調は、身長差の分だけ速度に少し差ができる。

 一歩前に足を踏み出すと、以前よりも追いつく距離が遠いと感じてしまう。

 こんなにも追いつくのに苦労したんだっけ?

 そんな疑問が頭を過ぎるのに、それでもなぜその違和感がでるのかという理由は未だに分からないまま。

 それにしても、何だかこの違和感が気持ち悪く感じることが日に日に大きくなっている気がする。

「あ」

 そう言えば、この人はこんなにも身長が高かったのだろうか。

 ふと、そんなことを考えてしまった。

 目線の位置が以前よりも大分高い気がする事に気が付き足を止める。

 私の理想は、相手の身長が私の身長よりも頭一個分大きい程度。だからこの人と付き合う時、それを気にしてしっかりと検討したはずなのに、何故こんなにも身長に差が生まれてしまったのだろう。

 これは相手の身長が伸びたのだろうか。

 でも、こんな短期間で身長が伸びるなんて話は聞いたことがない。

 それならば何故?

 そんな疑問が言葉に出てしまったのかも知れない。

 目の前を歩いていた相手が立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

「何?」

 そう言って首を傾げ私からの言葉を待っている相手の顔は、逆光のせいで暗く、どういう表情をしているのか分からない状態。ただ、何となくその人が怖いと感じてしまうのは気のせいではないだろう。現に、先程から鳥肌が立って震えが止まらない。

「どうしたの?」

 開いて閉まった距離を縮めるように、ゆっくりと歩み寄る人影。

「な……なん……でも……」

 相手が近付くにつれ、相手との身長差は大きく開いていく。

「何でもっていう割には何だか震えているよね。大丈夫?」

 まるで心配するように優しい声でそう言いながら伸ばされるその手が怖くて仕方が無い。

「だ……だい……じょうぶ……」

 今すぐにでもここから逃げ出さなければと。本能的にそう悟った瞬間、私は踵を返し逃げ出すために走り出した。


「逃げたら駄目じゃないか」


 必死に足を動かして距離を取ろうと藻掻くのに、呆気なく捕まり閉じ込められた腕の中。背後に居る相手の身体は、私が覚えている以上に大きくて力が強い。

「漸くここまで仕上げたんだから」

 そう言ってより強く腕の力を込められた瞬間、私の中で「ミシリ」と嫌な音が鳴ったのが分かる。

「もう少し……もう少し……」

 次の瞬間、耳元で囁かれた言葉を聞いたと同時に、私の頭は真っ白になったのだ。


「もう少し小さくなれば、もっと可愛くなるよ、君は」


 身長差は頭一個分。それが私の理想の距離感だったのに……

 何故こうなってしまったのか、誰も答えをくれる人は居ない。



 今、私は飾り棚の上に座らされ可愛い服で着飾られている。

 もう、自分の意思で動く事も、話す事も出来ないのがもどかしい。

 目の前には、つい最近まで恋人だった相手。

 その人は、何もできなくなった私を見て、嬉しそうに微笑み、そっと私の頬を撫でたのだった。

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