第129話 生脚
お父様はわたくしの事をとても可愛がってくださいました。
何に於いてもわたくしが一番だと、いつも褒めて下さるのです。
わたくしは、そんなお父様が大好きでした。
そう。わたくしは、わたくしにだけ優しいお父様が、世界一大好きだったのでございます。
では、少々。わたくしについて語らせて頂いてもよろしいでしょうか?
わたくしはとある旧家の生まれでございます。
昔ほどではございませんが、今でもそれなりに力のある家柄と言えば分かりやすいでしょう。
そんなわたくしでございますが、上に四人のお姉様がおりまして、五人姉妹の末の子がわたくしということでございます。
わたくしたち姉妹は幸運なことに、とても恵まれている容姿をしておりました。
そのため、見た目を褒められることはとても多かったように記憶しております。
どこに出ても周りの目を惹くほど美しく整っている容姿と言えば分かりやすいでしょうか。わたくしたちが褒められると、お父様はとても喜ばれておられたのです。
『お前達は、私のとても大切な自慢の娘だ』
そう言って、誇らしげに微笑んでいたことを、わたくしはとてもよく覚えております。
そんなわたくしたちですが、皆、とてもよく似ておりました。五つ子かと思われることも多いほど、とてもよく似ている容姿をしていたのでございます。
それでもお父様はわたくしたちの事を一度たりとも間違えてお呼びになったことはございません。
使用人の皆様はわたくしたちを見分けることが難しいようでしたのに、お父様だけは絶対にわたくたちを間違うことが無かったのは、今でも不思議に思うことでございます。
しかし、わたくしだけはお姉様達と異なり、ある特徴がございました。
それは、わたくしだけ極端に体が弱いということでございます。
わたくしは幼い頃から病弱で、余り外に出ることはございませんでした。お姉様達は健康でよく外出をしていらしたのに、わたくしだけはそれが叶わず、ずっと家の中に閉じこもるような生活をつづけていたのです。
とは言え、わたくしがそのことを不幸だと嘆いたことは一度たりともございません。
常にお父様が気に掛けて下さっておりましたし、お姉様たちもわたくしのことを大切にしてくださっていましたから。
使用人の皆様も、いつも親切に接して下さっておりましたので、この屋敷の外に出ることが叶わなくとも、わたくしは自分の境遇が不幸だと感じた事はございません。
それほどにまで、わたくしはわたくしの人生というものが幸せだと信じて、疑う事をしたことが無かったのでございます。
いつの頃からでしょうか。
お父様がわたくしと『秘密』を共有するようになったのは。
あれがいつ始まったのかは定かではございませんが、わたくしの体が子供から女性のものへと緩やかに変わり始めた頃、お父様が頻繁にわたくしの元へと通われるようになったような気がいたします。
お父様がいらっしゃるのは、昼の時もあれば夜の時もございました。
先程も申し上げました通り、わたくしは決して健康な方ではございません。長らく歩くと直ぐに呼吸が上がってしまうほど体力というものがなく、生活は主に車椅子にて行っておりました。
お父様がわたくしの事をとても気に掛けて下さるのは、そんな不自由さを哀れんで下さった故の優しさ。当初はそんな風に思ったものです。
お父様と『秘密』を共有する様になったとは言いましたが、それは決して破廉恥な意味ではございません。お父様はどこまでも紳士にわたくしに接して下さいましたし、秘密とはいっても、お姉様達より会いに来られる頻度が多いと言う程度のこと。
それでも、わたくしからしてみれば、お父様を独り占め出来るということが、とても嬉しかったのでございます。
お父様がわたくしの元に通う度、わたくしの余り役に立たない脚を撫で、こう仰っておりました。『お母様に似て美しいが、一際この両足が素晴らしいのだ』と。
わたくしは、自由に歩く事の叶わないこの両脚の事が憎いと思いながらも、お父様に褒めて頂ける事が嬉しくて仕方ありません。そう言うわけで、お父様が会いにいらっしゃるときは必ず、脚を装飾する物を付けず、素肌で居ることを心がけておりました。
例え、脚を愛でる事が目的だとしても、わたくしにとってお父様とは、誰よりも掛け替えの無い唯一の存在だったと言う事でしょう。
わたくしはそれで構いませんでした。
どうせ自由に動くような身体ではございません。お父様のお役に立てるのであれば、この歪な関係であってもわたくしにとっては、とても光栄なことだったのでございます。
しかし、『夢』というものは永遠に続くものではございません。
いつかは覚め、残酷な現実が訪れるものなのでしょう。
それは、わたしにも等しく訪れ、わたくしの見る夢がある日、突然、壊れてしまったのでございます。
今、わたくしはとても後悔をしております。
なぜ、お父様を崇拝し、疑う事もなく心酔してしまったのかと。
わたくしは……
いいえ。
わたくしたちは、もとよりお父様の眼中には無かった、のだということが分かったのは、つい先程のことでございます。
わたくしたちは始めから、『ある目的』のために創造された調度品だったようで、わたくしはそれがとても悲しくて仕方ありません。
今、わたくしは、寝台の上に寝かされ、麻酔を打たれて意識が朦朧としている頃でしょう。
もしかしたらこのまま、命を落とす事になるのかもしれません。
お父様は言いました。
『一際この両足が素晴らしいのだ』と。
その理由にもっと早く気が付く事が出来ていれば……
わたくしは今頃、自由というものを手に入れることが出来ていたのかも知れません。
でも、もう、遅いのでございます。
全てはお父様の願った夢見事。
わたくしたちは、お父様の見る夢を盛り上げるための大切なお人形。
お父様は遂に欲しかったのものを手に入れることでしょう。
私が両脚を失った瞬間、それは、多分、確実なものとなるはずです。
おそらく……きっと……。
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