第62話 パンケーキ
大きな大きなパンケーキ。
ふわっふわで分厚くて。
ほかほかと湯気を立てるそれは、大きくカットしたバターとあまーい蜂蜜を溶かしてより美味しいものへと変わる。
焼きたてが一番美味しい。
ナイフをサクッとケーキの中に落とし込み、フォークで広げて断面を見ると、溶けたバターと蜂蜜がその隙間に入り込むようにして流れ落ちる。
大分贅沢な時間だ、と。その甘みを口いっぱいに頬張りながら満面の笑みを浮かべるのだ。
だから私は、もっと沢山のパンケーキを作る。
みんなに美味しいって笑って欲しいから、贅沢な一品になるような素晴らしいものになるように頑張って。
勿論、始めて作ったものは、とても見窄らしかった。今のように、ふわふわで分厚いものなんて作れなくて、薄っぺらくてガッカリするほど萎んでいて。所々真っ黒な焦げ跡があるとってもがっかりする味のもの。
食べてみたら苦くて、本当に不味くて。
でも、その頃に比べたら随分とパンケーキを作るのが上手くなったと思う。
今日焼いたそのパンケーキも、出来上がりは上々、良い感じ。
味もなかなかでお店で出されるものといい勝負が出来るんじゃないかと自慢出来るくらい。
でもね。
残念なことに、このパンケーキを一緒に食べてくれる人が、まだ居ないんだよね。
どんなに美味しく焼けたって、どんなに可愛くデコレーションしたって、それを食べて「美味しい」って言ってくれる人が未だ居ないの。
家族や兄妹は試食を食べさせすぎて「もう、これ以上パンケーキは見たくない!」って逃げ出すし、友人に食べて貰おうとしても、焼きたてを食べて欲しいからタイミングが合わない。
素敵な彼氏も居ないから、焼いたケーキは自分で食べるしかない。
それが、とても悲しくて仕方無いんだ。
あっ。でも、最近、ちょっとだけ気になる人が居るの。
その人は、 SNSで知り合ったんだけど、甘い物大好きで私の焼いたパンケーキを食べてみたいって言ってくれる人。始めの頃は、勿論警戒もしたんだけれど、向こうに悪意が無いのはやりとりしているうちに分かってきた。
若干の下心はあるのかも知れないが、それは私も同じ事。実際に会ってみて相性が良いなと感じられるのなら、そう言う関係になるのも悪くはない。そう思えるほど、素敵だと感じられる人だと思う。
今日は、そんなフォロワーさんと直接会える日。
私の都合に合わせてスケジュールを調整してくれたんだから、腕によりを掛けてパンケーキを作りたいって思っちゃう。
正直な所、不安が全くないとは言い切れない。それでも、今まで頑張ってきた成果を誰かに披露して感想を貰いたいという気持ちの方がはるかに大きいのだ。そこはもう仕方が無いだろう。
材料はいつもと同じ分。待ち合わせの場所にフォロワーさんが迎えに来てくれるというから、約束の時間にほぼぴったりになるようにして買い物は済ませておく。エコバッグの余裕は少しだけゆとりがある程度。余り長居をしないように一杯買い込む事だけはやめておいた。
材料の重みでかかる腕の負担は、これから訪れる予定の幸せの分の重さ。
パンケーキがメインではあるけれど、一応それだけを作って終わりという訳では無い。
一番の自信作は全てが終わった後で。だから、お腹いっぱいにならないようにちゃんと工夫しなくちゃ。
大丈夫。素材は奮発して良いのを選んだから、ちょっとくらい失敗しても多分分からないはず。食べて「美味しい」って言って欲しいのはあくまでパンケーキに対してだから、他の料理の出来なんてそんな大きな問題じゃない。
腕時計を確認すると、約束の時間はあと数分。小さな円の中で忙しなく回る秒針が、これから訪れる楽しい時間までをカウントしていく。
ああ。早く、パンケーキを作ってあげたい。
そして美味しいよって褒めて貰いたい。
もし、口に合わないようだったら、その時はその時。
美味しいって思って貰えるパンケーキを作れるようになるまで、ずっと付き合って貰うつもりだから、それで良いわよね?
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