第35話 お断り
特にそんなつもりはなかったのに、突然されてしまったお断り。
まだ要件すら伝えられてさえいないため、出てきた言葉は非常に間抜けなものだった。
別に、悪い意味でその言葉を伝えようと思った訳では無いし、相手のことが嫌いだとかそういうわけでもない。寧ろ、どちらかと言えば好意的な印象すら持っていたし、比較的仲が良い間柄だと思っていた。
それなのに、突然相手の顔が曇ったかと思うと、手の平を返したように邪険に扱われてしまった。そして、その人は、逃げるようにして目の前から立ち去ってしまったのだ。
握られたのは、受け取られることのなかったプレゼント。日頃の感謝を伝えるために、一生懸命悩んで選んだ流行のお菓子。
正直、それを買うのはとても勇気が要った。余り出向く事の無い売り場のディスプレイが、どれもこれも輝いていて眩しくて仕方が無かった。居心地の悪さと闘いながら、それでも受け取って欲しい贈り物のために頑張ったのに、それを見た途端青ざめた顔をして怯えてしまったあの人。小さな悲鳴を上げ、二、三歩後ずさりながら、大きな瞳に涙を溜めて距離を取られてしまう。
伝えたい言葉はたった一言だったのに、それすらも言葉にさせて貰えないまま、一方的に拒絶の言葉を吐かれて逃げられてしまったのだ。
残されたこちらとしては、どうして良いか分からず立ちすくんでいる。
幸いにも、人気が殆ど無いスポットだったため、この状況に指を差して笑う人など一人も居ない。もしかしたら、今、とても哀れみの眼差しで見られているのかも知れない。
でも、それを確認することはどうしても無理だった。
お断りされてしまった。
その事実が、ゆっくりと現実味を伴い襲ってくる。
それが真実だと理解した瞬間、深い悲しみに囚われ涙が溢れてきた。
多分、振られてしまったのだろう。
そして、そうなってしまったことで始めて自覚した感情というものがある。
それを認識してしまったことで、恥ずかしさと悔しさと、大きな悲しみが一気に押し寄せてきたのだ。
そう。多分、あの人のことが好きだったんだろう。
ただ、踏み込んでしまうことで壊れてしまう関係性が怖くて、決して踏み込まないようにしていたただけ。
曖昧な関係で居る事で得られていた安心感は、どこまでも狡いものだって分かっては居た。
それでも、勇気を出して見た未来が、必ずしも望むものではないのだとしたら?
不確定な未来に覚えた恐怖から、ずっと誤魔化し続けていた素直な気持ち。それがこんな形で露呈してしまうなんて、本当に最悪だと思った。
明日からは多分、あの人は気軽に声をかけてくれなくなるだろう。
もしかしたら、コワイものを見るような目で見てくるかも知れない。
あの人の怯えるような顔が忘れられない。
それが、手の中に残された小さなプレゼントに重なり、気分が暗くなってしまう。
ところで…………さっきから虫の羽音みたいなのがずっと聞こえてくるんだけど、気のせいだろうか?
耳元でずっと鳴り響いている不愉快な雑音が、ずっと消えてくれない。
それどころか、何だか妙に変な匂いもしている気がする。嗅いだことがあるような、無い様な。しかし、確実にその匂いは人を不快にさせるほど気持ちが悪い悪臭なのだ。
もちろん、この臭いは自分から漂うものでは無いはずである。何故なら、昨日きちんと風呂には入ったのだから。
…………風呂には入った…………はず…………だよな?
あれ…………?
そういえば、きょうは……なんにち……だっ…………け…………?
ぷれぜんと…………よごれて、きたなく……なっ…………い……る……。
さっきから…………はおと…………さい…………。
から…………じゅ…………へん…………きが…………てる…………。
あぁ…………おな…………す…………た。
どうせ、ふられるのならば、いっそ、
あのひとのにくをたべてみたかったなぁ…………。
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