第84話 ディテールを書き込むこと
また、朝からNHKプラスで「100de名著」を見ていました。このあいだ書いたように今月は安部公房の『砂の女』を取り上げています。わたしが「100分de名著」で取り上げられる本を持っていることはほとんどないのですが、今回は珍しく持っているので、いま読み返しているところです。
『砂の女』の内容を要約することは簡単です。大きな砂の穴の底にある家に、見知らぬ女とともに閉じ込められた男が、なんとかそのアリシゴクの巣のような家から抜け出そうと四苦八苦する様子を描いた小説です。
それだけです。新潮文庫で276ページあるお話ですが内容はいたってシンプルで、小さく要約されてしまう。主人公の回想(妄想)を除けば、場面転換もほとんどありませんしね。呆気ないもんです。
エンタメ小説のようにストーリーを読ませる小説じゃないんですよね。この小説ぜんたがそのままひとつのメタファー――にっちもさっちも行かなくなった人がその状況の中でもがき苦しみながらも、やがて(不本意かつ無自覚に)順応してゆく――になっているので、その比喩を自分の周囲に置き換えて読んでいく……という頭を使う小説なんだな。
難しいです。頭を使うのが好きな人に向けて書かれた本です。ちょっと嫌。よく理解できない自分が馬鹿にされているようで、わたしはちょっと不愉快です。
ただ、安部公房は、純文学に対してわたしのような受け止め方をする人がいることもよく理解しているようで、『砂の女』の主人公にインテリの中学教師を据えています。そして、このインテリ教師を小説の中で徹底的に揶揄い、痛めつけ、翻弄するんですよ。
上手いなと思います。この主人公は多分にインテリである安部公房(作家なのに東大医学部を卒業している)自身の分身でもあるわけで、自虐小説――作者自身をネタに作者をイジる小説――という側面もあると思います。
場面転換のない簡単なプロットを276ページの小説にするために、安部公房はディテールを積み上げていきます。プロットが単純なだけに、心情描写と暗喩(作者としては必ずしも暗喩を意図したものではないかもしれないが)の読み解きがこの小説の読みどころであると思うのですが、これを支えているのが必要かつ十分なディテールの書き込みです。
ディテールの書き込みって難しい……。どうしても結論を急いで書いてしまって短くまとまってしまう。まとまってしまったものを、後で推敲するときに長く伸ばすと不自然な文章になっちゃうんですよね。だから、最初に文章に起こしたときから書き込みたいんだけど、どうしても書く手が内容のショートカットを選んでしまう。
パソコンのデスクトップには、ショートカットアイコンってのを貼ることができるじゃないですか。目的のファイルがどこにあるか、覚えていなくてもショートカットさえあれば、すぐに行き着けますよね。たぶん、わたしの頭の中にはいくつもショートカットが貼られてるんでしょう。小説にとって大切なディテールをすっ飛ばして、結論だけ小説に書いてしまうのは、そういうことなんだと思います。
急がば回れじゃないですけど、いいものを書こうと思ったら、細かいディテールを積み上げることも必要なのかなと思いながら「100分de名著」を観てます。
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