第40話 マンガが実生活の役に立った話

 春になったので、実家の裏山にタケノコを掘りに出かけました。春の味覚である筍を、ずっと食べてきていましたが、子どもの頃のわたしはとても筍が嫌いでした。わが家の食卓に上る筍料理は、固くて苦いのです。


「なんでこんなもん食べさせられなアカンねん」


と思っていました。だって、不味いんですもん。


 春になると父親に連れられて山へゆき、筍を採ってくるのですが、何本も大きくて重い筍を掘って家まで運ぶのは重労働でした。


 何年も経って大人になり、わたしはわたしのネガティブな筍観(!)を刷新するマンガに出会いました。『美味しんぼ』です。


『美味しんぼ』は、昭和60年代から平成1桁期にかけて大ヒットしたグルメ漫画です。食材と美食に関する豊かな蘊蓄と、主人公・山岡士郎と父親・海原雄山の確執、究極のメニュー対至高のメニューの対決など、一世を風靡しました。


『美味しんぼ』のなかに、山岡士郎の在籍する東西新聞が伊豆へ社員旅行に出かけるというエピソードがあります。食いしん坊ぞろいの文化部のメンバーで伊豆の海の幸を堪能しようという副部長の発案でしたが、ライバル新聞である帝都新聞に先を越され、当日までに水揚げされた魚介類は買い占められ、東西新聞の旅館に海の幸が回ってこないというハプニングに見舞われます。どうする山岡士郎――?


というストーリーで、山岡がみんなを案内したのが、地元漁師の浜鍋と竹林で採れる筍のお刺身でした。


 浜鍋は割愛するとして、問題は筍のお刺身です。『美味しんぼ』の描写によると、竹林のなか、地面から頭が覗くか覗かないかくらいの筍を掘り出して、皮を剥ぎ、筍の身をスライスして醤油でいただくというものでした。


 衝撃だったのは、筍の大きさ。わたしが父と裏山で採ってたのより、ずっとずっと小さかったからです。


 ――そんなに小さな筍を探さないといけなかったのか!


 結論をいうと、地面から顔を出した部分が10センチ未満、全長でも20センチそこそこの筍が一番、柔らかくて美味しいです。『美味しんぼ』に教えられました。子どもの頃は40センチ超えるような筍を掘ってましたから、固くて苦いのは当たり前だったのです。マンガも役に立つなあ。


 ただ、なかなかそういうサイズの筍とは出会えませんし、そもそも地面からほとんど見えない状態なので探すのが大変です。美食は簡単に手に入りません。


 今夜は苦労して掘り出した筍料理です。

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