こけし職人、松村さんが先輩とただ駄弁るだけの話。

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こけし職人、松村さんが先輩とただ駄弁るだけの話。

登場人物紹介


・作田 大吾(27)男 独身、彼女無し。


 “わっしょい こけし制作会社”の中堅職人。寝る、食う、飲む、風呂以外の時間はほぼ、こけしを制作する時間に当てている。圧倒的やり込み量によって達人に近い域に来ている、会社のエース。ゴリゴリ稼いだ分は後輩とのご飯に消えている。



・松村 翔子(21)女 独身、彼氏なし。


 作田の後輩。新人。職人の卵。地方にある“わっしょい こけし制作会社”のこけしに惚れ込んで、少し都会から引っ越して就職した。作田を「先輩」と慕っている。良い仲になりたいと常々思っているが、作田のアクが強すぎていつも全然違う方向に脱線する。



・中村 龍之介(24)男


 今回の駄弁りの席で、話題になった人物。



※このお話は居酒屋の飲みの席で、先輩、後輩がただひたすら駄弁っているだけです。最初と最後以外は会話のみで進行します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


とある地方の、とある駅前通りの居酒屋の一角のテーブルにて。



「それじゃあ。飲みましょー。先輩!ココはタウン誌にも紹介されてる美味しい店なんですよ」



「今日もご機嫌だなー。飲み村」



「松村です」



「まぁ。飲んでろ。松村」



「それにしても、久しぶりの飲みだっつーのに、他の連中は薄情な。声掛けたのに来たのは松だけか。せっかくオレが奢ってやるって言ってんのに」



「松村です。そりゃアレですよ。みんな遠慮してくれたんですよ。私が先輩をごちそう・・・ご馳走してくれるのを邪魔しちゃ悪いって」



「よくわからんけど、まぁ良いや。しっかし、流石に多すぎたら、財布が持たねぇけれどもよ。5人までなら世話してやるぞ」



「流石、“わっしょい こけし制作会社”のエースっスね。言う事が一々豪気っス」



「他の夢と野心溢れる連中と違って実家通いで気楽なモンだからなぁ。何か、たまにこうゆう形でバランス取っとかないと落ち着かねぇんだよ。」



「いや。でも、実際助かってますよぉ。ウチに入りたくて、単身こんな地方に来た人達は常にお金が慢性的に金欠だし。あたしも含めて」



「イヤ。本当にお前もだけど、アイツらには頭下がるわ。オレなんてただ何となく毎日こけし作ってるだけだからなー。あいつらと毎日顔合わせていると、後ろめたくって敵わねぇ。オレ別にこけしが好きってワケじゃないのによぉ。定期的に『オレこけし職人名乗ってて良いのかなぁ?』って悩んじまうわ」



「何言ってんですか。絶対先輩はこけし大好きっスよ!あたしゃ知ってんですよ。先輩、仕事がオフな日でも家で一日中こけしを彫ってるそうじゃないですか。向上心ありすぎですよ。こんなん、こけしが本当に好きじゃなきゃ出来ないっスよ。むしろ、オフの日、寝てるか、だらけてるかのコッチの方が後ろめたくなるんですけど!」




「違う違う。オレはただ木を彫る感触が好きなんだよ」



「感触?」



「アレだ。何か壊れ物とか段ボールに詰める時に、壊れないようにプチプチしたヤツを一緒に包んでおくだろ。世の中、そのプチプチを潰すのが好きなヤツって、一定数いるだろ?」



「いますね。私も普通にアレ、プチプチするの好きっスけど」



「ああゆうのが好きなヤツは無限に一生プチプチ出来るよな。アレと一緒だ。オレは木を彫る感触を味わうために。その感触を味わうために心の中で(*´Д`)ハァハァ言いながらやってるだけだ。だからこけしが好きなワケじゃねぇ」



「・・・言い分はわかりましたけど、他に趣味無いんすか?まさか子供の頃から、こけし彫り続けていたんですか?それなら、今の地位も超納得なんですけど」



「・・・イヤ。学生の頃はフツーに家では格ゲーのコンボ練習をひたすらやって、たまに友達と釣り行ってたぐらいだな」



「それ楽しいですか!?」(特に前半)



「フツーに楽しかったな。昨日、出来なかった連続コンボが今日は少しだけ出来るようになっている。毎日少しずつ上手くなる。それが良いんだ!って感じでな」



「うえー・・・。子供の頃から職人の資質があったことだけはわかりました。それで、そんだけ格ゲーやり込んでだってことは相当強かったんでしょうねー」



「んにゃ。どっちかって言うと弱かったな。対戦とかロクにせずに、コンボ練習ばっかやってたから、駆け引きとか全然だった」



「間違いなく職人向きですよ先輩!何か普通の感性とかを代償にして、上位存在とかに執念とか執着とかを植え付けられてません!?」



「そーかねー。・・・全然ピンと来ねーや」



「何故ピンと来ないで理解に苦しみますが、だからこそ。と言うべきですかねぇ。はぁ・・・。今も格ゲーやってんですか?」



「んにゃ。全然やってねぇ」



「何でまた?」



「一通り、難易度激鬼コンボが苦も無く出来るようになったら、もう良いか。ってやらなくなったな。要は飽きた」



「へえ。でも、こけしは飽きないんですか?ハッキリ言って格ゲーよりもやることないでしょ?」



「バッカ。お前。全然あるよ!」



「あります!?」



「ある。ある。例えばどうすれば、力を最小限に抑えて効率良く彫れるかーとか。彫る木の性質を考えて、木の持ち味とポテンシャルを殺さずに彫る方法を常に考えたりとか。それらを踏まえた上でスピード上げて、さらに試行回数を増やすにはどうすれば良いかーとか。もっと可愛く顔描きたいとか。もっと顔のバリエーション増やしたいとか。毎日課題と疑問がポコポコ生まれて、やってもやっても正解が全然見えねぇよ」



「これが。目指すべきエース・・・。何か飲みに来たのに、逆に心が折れそうっス」



「そりゃ困る。心云々もそうだけど、オレ小食だからな。お前が食べてくれないと」



「あたしがいつもバカ食いしてるみたいに言わないでくれます?」



「オレに比べりゃ大概の人間は大食いだ。気にすんな」



「先輩ホント食べれませんよねぇ。それなのに職場の人と飲みに行くは割と好きって意外っス」



「確かになぁ。でも、オレが誰かとちょくちょく飲みに行くようになったのは、中村くんがキッカケだよなぁ」



「中村さん?・・・ウチにそんな名前の人いましたっけ?」




「本名は中村 龍之介な。知らないのも無理ないさ。お前がウチに来る前に退職&転職してるからな」



「あ。思い出した!確かに先輩ってその中村さんがキッカケでよく、みんなと飲みに行くようになったって聞いたことありますよ。その前までは、全然みんなと外で食べに行くのが興味無かったって」



「全然ってこたねぇよ。新年会とか忘年会とか新入りやら退職したヤツの飲みの席は流石に参加してたわ」



「でも、それ以外は無かったんですよね」



「まね」



「先輩、先輩。一体その中村さんとは何があったんですか?私、気になります!」



「べつに良いけどさぁ。・・・どこから話したモンだかなー。

・・・そだなー。ある時、フとあいつを飲みに連れて行きたいな。って思ったキッカケがあったんだ」



「ほう。そのキッカケとは」



「まぁ、ちょっと整理させてーな。えーと、中村くんって都会生まれの都会育ちだったんよ」



「東京とか?」



「ああ。東京の浅草だったか。八王子出身って言ってたな」



「先輩。浅草と八王子じゃ大分違うんですけど・・・」



「うるせー。地方モンにしてみたら、都会の人間が当たり前みたいに新宿だ渋谷だって言うけどよ。どこにあって、何があるのか未だに全然ピンと来ねーんだ。青森県ならりんごだし。新潟県ならお米だろ。そんな感じでもっと特色出してくんないと」



「先輩が東京に興味無いってことだけは理解した」



「うん。それに都会にいると何やるにしても金出せって言われてる気がして落ち着かない。人が多くて落ち着かない。毎日、どこかしらで事件が発生してて落ち着かない」



「マジで都会に向いてないわ。この人は」



「で。何の話だったっけ?都村」



「松村です。今は無き中村さんのお話です」



「死んだみたいにゆーな。生きてるわ」



「今のは流石にアレでした。スイマセン」



「まぁ、言いたくなって言ってしまったのは伝わった」



「で。何の話だったっけ?亡村」



「松村です。中村さんのお話です。東京出身しか聞いてません」



「ああ。そうそう。中村くんな。アイツがウチに就職するちょっと前だ。あいつはある日、東京タワーだか、スカイなツリーだかのお土産店で、当時ウチが作った“こけし置きこけし”を見て感動したらしい」



「おお。あの当時一世を風靡した“こけし置きこけし”ですね。こけしだけではイマイチ不安定。そんなこけしに彼氏のように。夫のようにと支えるこけしのポーズと慈愛に満ちた表情に。様々な青春と人生の美しさを見出してしまうと購入者の方々から大好評だったアレですね!」



「ちなみに“こけし置きこけし”はオレが開発しました」



「先輩が開発してたんですか!?」



「うん。当時マジで寝る食う風呂以外は、こけし しか作ってなかった新人時代のあの頃。頑固一徹昭和職人の源さんから、ある日言われた。“お前仕事ばっかしてないで、も少し遊べ”と」



「あの源さんから、そう言われるって相当ですよ!?」



「そこでオレはその時、こう思った。“なるほど。確かにオレのこけしには遊び心が必要だ”と」



「この人メンドクセエ!」



「そして、オレなりの遊び心を詰め込んだ結果。“こけし置きこけし”が爆誕。ちなみに“ボーリングこけし”と、“五体合体 こけ神ロボ”もその時期、オレが開発しました」



「遊びすぎでしょ!何でこの人、こう極端なのかなぁ」



「話戻して、そのこけしに感銘受けて。自分もこけしを作る仕事に携わってみたいと、情報を集めまくり。地方に来てまでウチに就職してくれたのが中村くんだ」



「先輩に人生ぶん回されてません?中村さん」



「でだ。その職人の卵としてウチで働くことになった中村くんだが、その時ウチは大ヒットになってる作品がいくつかあって、特にクソ忙しい時期だった」



「つか、忙しい環境の原因の何割かは、アンタでしょ」



「そして、それに追い打ちを掛けるが如く。慣れない田舎の生活の方に体が適応できなくて彼は困っていた」



「先輩と真逆なタイプだったんですね」



「ああ。静かすぎる周りの生活音。街灯や人家が少なくて暗い夜道。夏になると田んぼから蛙の鳴き声。秋になると“引っ越し乙でーす。青年団に入って一緒に獅子祭りやりませんか?”という近所のあんちゃんたちからの勧誘。田舎特有のご近所の人間関係。全てが生まれ故郷と違っていてストレスだったらしい」



「あー。都会の人にしたらストレスかも知れませんねー。特に後半」



「ああ。ストレスだと思うわー。特に後半。



そしてそれに反して、田舎だからこそ都会には無い美味しい水。旨い酒。採れたて新鮮きときとのお魚。中村くんはウチに来た当初はガリガリぼでい だったんだけれど、1年過ぎた辺りには、そこには見事なお相撲さんぼでい の中村くんがそこにいた」



「うわぁ・・・」



「当然、会社のみんなは心配したさ。お前もっと痩せろ。運動しろ。食事を減らせ。間食や酒止めろだ。お前、車で会社来るの一回止めて自転車で来い。とか全く面白みの無い忠告をされまくった」



「他に何言えっていうんですか!?」



「流石に人に関心の薄かったオレでも、中村くんの事が気になった。それまで表面的な付き合いしかしてなかったけど、職人は体が資本。ココは一丁ビシっと言ってやるべきじゃあ無いかと思ったワケだ」



「おお!そこでついに先輩が動いた!と」




「ああ。中村くんを説得しようとした結果。・・・ちょくちょく飲み屋に連れて行くようになった」



「なんでやねん!!」



「オレだって最初はダイエット的なことを言ったり、筋トレ的な事を話そうとした。ああ。話そうとしたんだ・・・」



「何かそれらが出来ない問題でも発生したんですか?」



「ああ。発生した。・・・仕方無かったんだ。中村くんを見てたら、こう思ってしまったんだ」



「何を?」




「フと思っちまったんだ。“コイツをもっと太らせたい”って」



「なんでやねん!!」



「考えても見てくれ。オレ達は職人だ。職人てのは先人の歩んできた技術を継承しつつ、新たな可能性の大地を切り開く宿命も持つ者達。そう、正に可能性という宝を求めて暗闇の中を進むスペランカー」



「急にどうしました!?」



「常に見たいんだよ。人間の限界の先を。そして中村くんの肉体のポテンシャルの限界を見極めたくなっちゃったんだよぉ!」



「カッコよく言ってるけど、やってる事はただのクソ野郎っスよ!」



「いや。純粋に地元の美味い物を食べて欲しかったって気持ちもある。特にココは魚が美味いし」



「その気持ちはわかります」



「実際、中村くんも“うめぇうめぇ。”と笑顔でよく食べてくれた。そして、その笑顔にほっこりしながら、オレは脂身の多い部位やカロリーの高そうな物をそっと彼のお皿に置いた」



「スイマセン。私の皿にもしれっとカロリー高そうな物置かないでください」










「そして・・・。彼は転職したんだ」










・・・・・・・・・
















「面倒になったでしょ!今、絶対話すの面倒になって端折ったっしょ。ダメっスよ!先輩のそーゆートコ!こけし以外のことは割とすぐに飽きるトコ!!」



「えー」



「えー言うな」







「わかったよ。・・・まぁ、も少し詳しく言うなら、中村くんはオレが色々美味しい所に連れて行った結果。グルメに目覚めてそっちの業界に行っちまった」



「マジで中村さんの人生ぶん回してるよ!この人!!」



「ま。兎に角。色々な思惑があったにせよ、オレは人とご飯食べるのって楽しいなーって事に中村くんのお陰で目覚めたワケだ。後はマジで他県から来てる新人は給料少なくて大変だから、先輩として食で支えたいなってのもあるけどさ」



「えー。・・・まー、その辺は本気で感謝はしてるんですけど・・・」



「歯切れ悪ぃなぁー」



「イヤ、だって。中村さんの話聞いたら、素直に喜べないですよ。それに、せっかく私と同じで、ウチのこけしに感銘受けてわざわざ地方に来てくれたのに」



「そか。松村はどう思ってるかは知らないけどさ。オレは今でも中村くんは凄えな。って思ってるよ」



「?」



「だってよ。自分の“好き”のために、全然知らないトコに来て。全然作ったこと無い物作って。自分の体が急激に変わってもやりたい事のために進み続けて。・・・途中でやりたい事が変わっちまったけれどもさ。それでも“好き”な事のために行動し続けるって“志”だけはずっと一貫してるからさ。大したヤツだって、オレは今も昔も尊敬してる。そう思わないか?松村も」




「・・・言われてみれば、そうかも知れませんね」



「そうそう。結局、田舎の生活に体が順応して普通体系になっちゃったしな」



「そこは正直、ざまぁって思いますわ。それにしても、中村さんとは何か今でも会ってる口振りですねー。今、何してるんですか?」




「ソレ」



「コレ?」



「そこに置いてあるタウン誌」



「タウン誌ですけど・・・?」



「その雑誌のライターで、今、地元のグルメ記事を毎月書いてる」



「マジで!?」



「マジで」







松本が手元のタウン誌をめくって見ると。スタッフの紹介ページの一角に、小さく記者 中村 龍之介と書かれてた。




おわり。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


・駄弁りだけで、話が成立するかやってみたかった。中盤でどうやって着地しようかと悩んで、中村くんエピソードで締めました。

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