ジャンヌ・カンバーランド

「では、ロベールお兄様が養子を取るのですか?」


 ジャンヌは驚いて、つい昔の呼び名を出してしまった。


「あぁ。今、大尊者として神殿にいて、アナスタシアが侍女をしているリオ様だ。」

「アナスタシアは目が離せないと言っていたけど、そんな子を養女にしても大丈夫なの?」

「あの子が目が離せないと言ったのは、悪い意味ではなく、良い意味だと思うよ。」


 ジャンヌは問いかける様な目をシドに向ける。


「何とも人を惹き付けるおおらかさや、朗らかさのある方だ。何だかいつでもケタケタ笑って楽しそうにしているとても明るい方だよ。」


 ジャンヌの顔はさらに暗くなり、シドは自分の説明が失敗したことに気がついたが、何も言わず居間を出て行った。



 ロベールお兄様は私の二つ年上の母方の叔父。お兄様は年の離れた姉である私の母に育てられたので、私たちは本当の兄妹の様に育った。

 お兄様と王室とは色々あったようで、私が洗礼を受け、当時王子だった旦那様と婚約が成立した頃から疎遠になってしまっていた。

 それでも、折に触れお兄様のことは思い出していた。物静かな雰囲気は他の同年代のものとは全く違い、物腰の柔らかな話し方が大好きだった。


「あんなに物静かなお兄様に、そんな騒がしそうな子だなんて…心配だわ。アニアに手紙を書きましょう。」



「アニアから手紙が届いたのか?あの子も忙しそうだけど、充実した毎日を送っているよ。そう書いてあるだろう?」

「ロベール様の事を聞いたのです。リオと言う渡り人はどんな子なのかと。旦那様はあまり神殿のことや外のことをお家ではお話しになりませんから。」

「それで?なんと書いてあった?」

「お母様、心配は無用です。この一行だけですよ。あの子ったら。昔からちょっと表情が乏しかったり、考えていることが分かりづらかったり…我が娘ながら、はしゃいだところの何一つない子でしたけれど。もっと手紙には何か書くものではないのですか?母への手紙なのに。」

「確かに…小さな頃のあの子はあまり笑わない子だったね。毎日同じ時間に寝起きをして、文句も言わず勉強をして…それを考えるとやっぱり、リオ様は良い影響を下さっているよ。今のあの子は百面相の様に色々な顔をしているよ。陛下とリオ様の話をしている時も本当に楽しそうにしているし。」

「そうですか?旦那様がそう言うのであれば、そうなのかも知れませんが。」


 私は侯爵家の出身と言っても、嫁いだ旦那様が神殿に入職した事と、娘の結婚のことをあまり考えていなかった事もあって、社交界へはとんと足が遠のいていた。


「私ももう少し外へ出て色々なお話しを聞いた方が良かったのかしら。アニアは旦那様譲りの強い魔力を持ったから、下手なところへは嫁がせられないし、このまま結婚をしないでいるのも選択肢の一つだと思っていましたから、社交界などには顔を出しませんでしたけど。こうも情報に疎くなってしまうのも問題ですわね。」


 ジャンヌはお気に入りのティーカップでお茶を飲む。


「君はそのゆったりとした性格が素敵なのだから。そんなことは気にしなくても良いけれど、もし行きたいのなら、久し振りに私と一緒に踊ってくれるかい?」

「まぁ。ダンスなんて何年ぶりでしょう。」

「多分、陛下主催の舞踏会があるはずだから。」

「あら、陛下が主催だなんて。何かのお祝い事?」

「あぁ。多分ね。」

「まぁ、随分と含みを持たせて仰るのね。わかりました。ダンスレッスンを入れておきます。若い子にはまだ負けませんからね。そうと決まれば、ドレスも新調しようかしら?」


 ‘まぁどうしましょう’と悩むジャンヌを見て、シドは微笑む。


「興味が、リオ様ではなく舞踏会へ向いた様で良かった。」

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