空気を読まない女 リナ・オリヴィエ

「少しよろしいかしら?」

「あっごめん。今はだめ。これから剣の稽古だから。じゃっ。」


 リナは同級生がそれ以上声をかける間もなく走り去った。


「もー。あの子本当に何なのよっ。」

「これじゃイリス様に私たちが怒られるじゃない。」


 王立学院第二学年Aクラスの剣術授業は他のクラスと毛色がちがう。

 剣術は必修の授業だが、女生徒は嗜みで覚える程度で本気で剣術を学ぼうとする者は殆どいない。

 そしてそう言う生徒たちは意中の男子生徒に剣を教えて貰いそれを話すきっかけにする。貴族のご令嬢が男子生徒に気軽に話しかけられる唯一の機会だ。男子生徒もそれを楽しんでいる。

 しかし、このクラスはたった一人の平民リナ・オリヴィエによって道場さながらの雰囲気になっている。


「次。」


 リナは男子生徒を堂々と負かし、次の対戦相手を探す。男子生徒は互いを対戦相手として押し付け合う。


「リナ、次は俺だ。」


 名乗り出たのは、国王の甥のアラン・バシュレ。アランが模擬刀を持ち、前に出ると女生徒の声援が飛ぶ。

 家格、容姿、成績どれを取ってもこの学年一位で人気も一番。折角同じクラスになれたのだからとアランに剣術を教わりたい、話しかけたいと思う女生徒は数多いるが、毎回リナの相手をしてしまう為にその機会は奪われている。


 その事に苛立ちを覚えているのは、侯爵家のイリス。そして、ある日の放課後イリスはリナを捕まえた。


「ちょっと宜しいかしら?リナ・オリヴィエ。」

「えぇ。何?」

「あなた、あんなに公爵家のアラン様のお手を煩わせて良いと思っているの?」

「何のこと?」

「剣術の授業よ。」

「あぁ。でも、私は家で兄から剣術を教わって、それをアランたちに教えているから、思っている以上に関係性は五分五分よ。」


 イリスの表情は険しくなる。


「そうじゃないわよ。私たちも、アラン様に指導して頂きたいと思っているの。偶には遠慮をしなさいと言っているのよ。」

「え?イリスさんも剣術勉強したいの?なら、私が教えるよ。始めからアラン相手じゃ、打ち合いすらも難しいでしょう?力差もあるし。」


 イリスの顔は怒りで真っ赤になる。


「違うわよ。って言うか、さっきからアランだなんて呼び捨てにして、彼は公爵家よ。それに、私に対しても…口の利き方ご存じでないの?」

「校則には、学院生に序列はなく、相手が許可するならば家格が上でも呼び名は自由と書いてあるのよ。…でも、そうね。平民の私がする話し方ではなかった。その点は本当に申訳ありませんでした。以後、十分気をつけます。それでは、私は剣術の稽古がございますので。イリス様の剣術は私が責任を持ってお教え致します。それでは、御前失礼致します。」


 リナは深々と礼をして、走り去った。


「ちょっと、違うのよ。」


 イリスが背中に話しかけても、走り去ってしまった。


「本当に、何なのあの子。」

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