充電人形。を拾った西暦2060年(短編)
ゆうらいと
第1話 充電させてもらえませんか?
「充電させてもらえませんか?」
そういって首元を見せてきたのは美しい少女だった。
僕は、ITエンジニアとして大手メーカーの下請けで働いている。
何でもAI化された現代、この職業は花形であるが、僕のような下っ端の人間は、馬車馬のように働かされているというのが正直なところだ。
朝から晩まで仕事をして、眠るためだけに自宅へ帰る毎日。
これでは何のために生きているのか、わからない。
「オ会計ハ、200000円ニナリマス」
どこかたどたどしい発音の人型ロボット―ーアンドロイドに見送られ、無人コンビニを出る。
金曜日の夜、楽しみは、缶ビールを飲みながら古い映画でも見るくらいだ。
「マトリックスでもみるかな、十回目くらいだけど」
ひとりごちながら、暗い夜道をとぼとぼと歩く。
DVDドライブなんて持っているのは僕くらいのものだろう。
まあ、これも亡くなったエンジニアの祖父が持っていたものだが。
路地を抜けてしまえば、開けた場所に僕の住む自宅がある。この家も祖父から引き継いだ家だ。
古い日本家屋で、いまどき珍しい。
その家の前で突然声をかけられる。
「あの」
驚いて見やると、そこには美しい少女が立っていた。
歳は十代後半だろうか、全体的に線が細い印象で、つるりとした白い肌に、漆黒の長い髪がよく似合っている。
顔立ちもとても整っていて、あまりの完璧さに見ているだけで不安になってくるくらいだ。
「充電させてもらえませんか?」
この路地裏と古い家屋に不釣り合いな彼女に、ぽかんと口を開けて見ていると、痺れを切らしたように彼女は繰り返した。
「……充電させてもらえませんか?」
語尾を少し強めにいわれて、ようやく我に返る。
「充電?」
充電などどこにでもできるではないか。
なぜうちなんだ。
「こんな夜更けに知らない男の家で充電、ですか?」
考えてみれば怪しさ満点だ。
こんな美しく、うら若き少女が物取りなどと考えたくないが、用心に越したことはない。
すると、彼女はこちらに一歩近づいた。
「これ、見てもらえますか」
彼女は長い髪をかきあげると、いきなり白いワンピースの襟首を広げて見せた。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「な、ななな、なにを」
顔が熱くなるのがわかるが、その美しい首元ではなく、そこにある違和感に僕の目は釘付けとなった。
きめ細かな白く降り積もった雪のような肌に、唐突に無粋な機械が生えていた。
「USB」
幽霊でもみたかのようにつぶやく。
そこにはUSBというレガシーな端子があったのだ。
僕の言葉を聞き、彼女は満足げに笑った。
「ね。だから」
その素敵な笑顔に僕は時が止まったように感じる。
「充電させてもらえませんか?」
この充電の意味がわかる。
つまり、彼女はアンドロイドだったということだ。
人間離れした容姿も理解する。
だが明らかにレベルが違う。人間に近い、いや人間そのものに見える。
「でもアンドロイド用の充電器ないですよ。うち。アンドロイドなんて持てるほど、お金持ちじゃないですし」
一家に一台アンドロイド。
そう言われて久しいが、僕には無関係だった。あんなものは贅沢品だ。
「大丈夫です。USBですから」
「たしかにUSB式なんて今時ない……ってなぜ僕がUSBを知ってると?」
今どき、日本でこんな古い端子知っているのはおそらく僕だけだろう。
しつこいが、これほど過去の規格というのは既に失われて久しいのだ。
「だから、充電させてもらえませんか?」
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