成果主義

山田貴文

成果主義

「数字は嘘をつきません」

 社長をはじめとする役員が並ぶ大会議室で、ここぞと声を張った。

 私はコンサルタント。クライアント企業の経営陣に向けて最終提案のプレゼンテーションを行っている。この会社は代々世襲で経営が引き継がれている同族企業の国産メーカーだ。たぶん、社名だけならあなたも聞いたことがあるはず。

 ご多分に漏れず苦労知らずの三代目社長で経営が傾き、私の会社へコンサルティングの依頼があった。さっそくコンサルタントのチームを編成して会社の現状を調べたが、その旧態依然とした実態に唖然とした。このご時世にまだ年功序列と終身雇用を堅持しているではないか。特に営業は売っても売らなくても給料が変わらない。これで売り上げが伸びる方がおかしい。

「今こそ大胆な成果主義を導入すべきです。能力ある者には手厚く報い、そうでない者には会社を去ってもらいましょう」

「えっ、くびにしちゃうんですか?」

 見るからに甘ちゃんの社長が情けない声を出した。まったく頼りない。まだ若いのだが、先代の社長が急病で長期入院となったため、急きょ祭り上げられたのだ。

「ビジネスは結果がすべてです」

 私は社長の目を見て答えた。


 そして、私の会社は無事大規模なコンサルティングを受注した。社長は思考停止で完全に私たちへの丸投げ状態。私はコンサルティングチームの若きリーダーとして業務改革のため次々と手を打った。

 まず年功序列と終身雇用を完全に廃止し、成果主義を導入。すべての部門において社員に業務成績に応じた順位をつけた。成績上位グループには特別ボーナスを与え、下の二割は減給とした。特に営業はこれまでの固定給をあらため、完全歩合給とした。さらに成績の下位者は減給のみならず退職へ追いやった。日本の法律上あからさまな解雇は難しいのだが、そこは数々のリストラに協力してきた私たちコンサルタント。会社をやめさせる方法はいくらでも心得ている。売れる営業だけが残ればよいのだ。

 この改革は典型的な日本企業であるこの会社の社員たちには衝撃的だった。最初は大混乱だったが、徐々に社員の目つきが変わってきた。自分の成果次第で高額のボーナスを手にすることができる一方、しくじると会社を追われるかもしれないのだ。座して死を待つ者はいない。

 社内に緊張感がみなぎり、営業は次々と仕事を取ってきた。成績下位の営業には会社をやめてもらい、中途採用で人員を補充。この会社のボーナスの高さを聞きつけた百戦錬磨の歩合給経験者たちが続々と応募してきた。

 急激な業績回復に社長は驚喜した。そして私に将来の役員含みでこの会社へ転職するよう懇願した。もう私なしでは経営ができないので、ずっといて欲しいとのこと。

 駄目もとでふっかけた巨額の報酬を払うというので、私はコンサルティング会社を退職して社長の希望に応えることにした。元の会社からはクライアント企業への転職は信義違反だと非難されたが、そこは職業選択の自由。私は無事この会社の社員となり、営業本部長に着任した。いろいろうるさかった古巣のコンサルタント契約は解除してしまい、私の好きなように業務を進めて売上を伸ばし続けた。

 ところが順風満帆かと思われた頃、会社に激震が走った。突然、外資系企業に買収されたのである。病床の前社長がひそかに話を進めていたらしい。あっと言う間に株式の公開買い付けをされて経営を乗っ取られてしまった。

 私を頼りにしてくれた社長は名目だけの会長にされ、外国人の社長とお抱えのコンサルタント集団が乗り込んできた。

 すぐに彼ら流儀の会社改造が始まり、組織が大規模に改変されることになった。新しいコンサルタントチームはすべての社員の職位をいったんゼロベースに戻し、あらためて役職の再考を行うという無茶苦茶なことをした。

 筆記試験と面接の結果、管理職が平社員またはその逆、上司と部下が逆転するような構図がそこかしこで発生し、会社はカオスと化した。

 私は営業本部長から一介の営業課長へ二段階の降格となり、収入は数分の一となった。これは明らかな嫌がらせ。事実上の退職勧告だった。私は前コンサルタントのリーダーであり、いわば旧体制の象徴なので追い払いたかったのだろう。

 すぐにふざけるなと辞表をたたきつけたいところだったが、そうもいかない事情が私にはあった。前職のコンサルタント会社とはけんか別れしてしまったし、同業他社に転職するにもクライアントへ転籍した実績があるので信用されない。私は社会に出てからコンサルタント以外の経験がない。次の仕事が見つかるまで、この会社で営業課長としてがんばるしかなかった。

 そして営業現場に入って私は驚愕した。ありとあらゆる取引に不正が見つかったのである。架空売上、顧客への虚偽説明、代理店への在庫強要等々、まともな商談を探す方が難しいほどだった。特にたちが悪いのが歩合給目当てで入ってきた中途入社の部下たちだ。偽りの笑顔と猫なで声で顧客や代理店を信用させて契約書に捺印させたら、あとは知らん顔。話が違う、約束が違うとの猛クレームも完全放置。上司の私が状況を把握して問い詰めると、ぷいといなくなり、そのまま会社を辞めてしまった。また次の現場へ歩合給を稼ぎに行ったのだろう。

 結局、私が尻拭いをするしかなく、謝罪とリカバリーの対応に追われた。当然、返品も相次いで売上はマイナス、利益は大赤字である。私の業務改革で伸びに伸びた売上はまさに砂上の楼閣だった。

 さらに悪いことに二つ大きな問題があった。

 ひとつは私たちの営業部の取り扱い商品である。それは市場競争力が全くないものだった。要は他社商品より値段が高く、性能が劣っていたのである。当然、顧客に比較されると誰が売っても売れるはずがない。

 ふたつめは私たちの課に大きな既存顧客がなかった。他の課にはみんなあるので、彼らは買い換えや追加購入でそれなりの売上を稼げる。営業をやってみて初めてわかったのだが、顧客の新規獲得に公式やノウハウなどない。世間で言われているものはすべて嘘だ。私と部下たちは非効率だとわかっていても飛び込みや電話で何とかアポイントを取ろうとした。他にすることがないのである。

 私は労力の大半を使って部下の不始末をカバーし、どうにか諸々のトラブルをおさめた。残りの時間でわずかながらも売れないはずの商品を売った。そして運もよかったのだが、大型見込み客の発掘にも成功した。今年は大きなビジネスにならなかったが、来年はかなり期待できる。  


「ここに呼ばれた理由はおわかりですね?」

「はい」

 人事担当者とコンサルタントは私の顔をじっと見た。会議室に呼ばれた理由がわからないはずがない。私の営業課は会社で最下位の売上となり、それを追及される場なのだ。

 だが、私は恐れていなかった。確かに売上は上がらなかったが、それを弁明できるだけの材料がある。部下の不祥事とその対応に忙殺されたこと。誰が売っても売れない商品を少しだが売ったこと。そして来年以降有望な大型見込み客を発掘したこと。私は熱弁した。

「でも」

 コンサルタントが途中で私の話をさえぎった。

「今年は数字が上がっていませんよね?」

 背筋が冷たくなった。私が弁明できると考えていた話は全くこの二人に響いていない。

「ビジネスは結果がすべてです」

 コンサルタントのひと言で私は自分の運命を悟った。人事担当者が早期退職の一時金について説明を始めたが、頭に入ってこなかった。

 私が首を切ってきた社員には今の私同様、トラブルに立ち向かって会社の信用を取り戻した者、誰が売っても売れない商品を売らされた者、既存客がなくて必死に新規開拓した者が数多くいたのだろう。彼らはまさに会社の宝だ。それを私は追放し、逆にどうしょうもない金目当ての人間を数多く雇い入れてしまった。

「まあいろいろご事情はおありでしょうが」

 コンサルタントは感情のこもってない声で言った。

「数字は嘘をつきません」

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成果主義 山田貴文 @Moonlightsy358

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