第12話 「いい天気だねー。」
〇東 圭司
「いい天気だねー。」
そう言ってカーテンを開けると。
「アズ、眩しい。」
すぐ神に叱られちゃったよ。
ここは、小野寺君が入所してる施設の一室。
病院も併設してるから、安心ー…とは言っても。
もう…小野寺君は、静かにその時を待つだけ…みたいな感じなんだ…
最初、さくら会長と京介とで会いに来た時は…落ち込んだ。
だけど…神に『その事実を暗い事として残さないよう現在動こう』って言われて。
…うん。
そうだなーって。
今日は、SAYSのライバルって言われてた(神は知らなかったみたいだけど)、TOYSのメンバーでお見舞い。
神にマサシにタモツに俺、勢揃いだよ。
みんなも最初はショック受けた感じだったけどー…
「俺、小野寺とエレベーターで二人きりになって、怖くて仕方なかった事ある(笑)」
「分かる。俺らのが先輩だったのに、小野寺怖かった。ま、同じぐらい浅香も怖かったけど(笑)」
マサシとタモツがそう言って笑って。
「俺に対しては低姿勢だった気がするけどな。」
神はいつもの通りで…
なんか小野寺君見てると、寝たふりして話聞いてるんじゃ?って思えちゃうんだよ。
「…えっ?」
ふいに、開きっ放しになってる部屋の入口に顔をのぞかせた京介が、変な声を出した。
まあ、驚くよね。
「おっそいよー、京介…って…あれっ?ケンちゃんも来たの…!?」
京介の後ろにケンちゃんを発見して、チラリと神を見る。
えーっ!!
神曰く『豆腐メンタル』のケンちゃん!!
大丈夫なのー!?
少しヒヤヒヤしながら、部屋に入って来た二人を見守ってると。
「やっと言ったのかよ。」
神が鼻で笑いながら言った。
「えっ…ええっ……言っても…」
良かったの?
顔を覗き込んで問いかけると。
「京介が言わなきゃ意味ねーだろ。」
神は俺の額をペチンと叩いた。
…まあ、そうか…
正直、俺は外野だもん。
確かにそうだよね。
京介もケンちゃんも、SAYSに想いを残したままだからー…
「…小野寺…」
ケンちゃんは、ベッドで横になって薄目を開けてる小野寺君を見て…
「おまえ…老けたな…!!」
「ぷはっ!!なんだよ里中!!」
ケンちゃんの失礼な言葉に突っ込む京介…!!
あまりにも新鮮過ぎて、みんなで顔を見合わせちゃったよー!!
「…あの時…ガッカリさせて悪かったな。」
ケンちゃんが、椅子に座って小野寺君に話しかける。
京介も、マサシが差し出した椅子をケンちゃんの隣に並べて座った。
「おまえはすごいベーシストだったよ。だから、本当はさ…俺なんかが一緒にやってていいのかなって思ってたんだ。」
えー‼︎何それー‼︎
ケンちゃんのネガティヴ発言に、京介が何とも言えない顔でこっちを見た!!
京介のその気持ち、分かるー!!
って、笑いそうになったけど。
「…む…胸が痛い…」
「ああ…俺らにも…思い当たる節が…」
マサシとタモツはケンちゃんに共感したらしく、胸を押さえて小声で言った。
あっ…ああー、そっか。
TOYSも似たような事で何度も揉めたっけ…
俺も朝霧さんには随分絞られたんだったー…ははっ。
「えっ。」
「うわっ。」
また部屋の入口で声がして。
見ると、元バックリの小野寺ツインズ。
あ、一人はサイトーちゃんだけど。
「え…ええええ…お…お疲れ様です…」
「ち…父に…会いに来てくださって…ありがとうございます…」
二人ともカチコチ!!
まあ、そうだよねー。
神が目の前に居ると、だいたいの人はそうなっちゃう。
「マジか…やべー…」
「TOYSとSAYSが揃ってるし…」
んん?
聞こえてしまった小声に、ピーンと反応した。
「君たち、SAYS調べたの?」
何ならちょっと目をキラキラさせたかもしんないなー。
だって、小野寺ツインズ…小野寺君がベーシストだったのも、SAYSだったのも知らなかったんだよ?
なのに今、言ったよね!!
『SAYSが揃ってる』って!!
神が少しうるさそうな顔したけど関係ないよ。
俺はサイトーちゃんとケンゴ君の腕を掴んで。
「小野寺君、息子くん達、君のベースを聞いたみたいだよーっ。」
ケンちゃん達の反対側に連れて行って、小野寺君に語り掛けた。
〇神 千里
「アズ…」
アズの様子に、京介が何か言いかけたが。
「分かってるよ。誰が何言ったって小野寺君には分かんないって。でもさ、言いたいじゃん。耳は聞こえてるんでしょ?」
アズは双子の片方に同意を求めた。
「あ…は…はい…それで、時々うるさがられたり…反応は、あります…」
「ほらっ。」
「……」
鬼の首でも取ったかのような笑顔のアズ。
それには里中も少し首を傾げ、マサシとタモツも顔を見合わせてる。
アズはいつもテンション高めの奴だけど、今日のそれは度を超えてる。
…あれだよな。
周子さんの時と…ダブらせてんだろうな。
アズには両親がいない。
だからなのか、瞳と結婚した後は周子さんの所に甲斐甲斐しく通った。
瞳が頑なになって会いに行かなかった間も。
ツアー先では必ず趣味の悪い土産を買って、案の定周子さんに悪態をつかれながらも…それを嬉しそうに話していた。
何なら自分より親子みたいだった。と、瞳は言ってたし。
「俺と周子さん、本当の親子って間違われてたんだよ。」
何より、アズが嬉しそうにそう話すのが…俺は嫌いじゃなかった。
「ケンちゃん、何か歌ってよ。」
隅にあった小ぶりなソファーを移動させて、アズが無理矢理双子と座る。
緊張してるせいか無表情の双子と、無茶ぶりされた里中の顔が面白くて、つい笑った。
「…ふっ。」
「神。笑い事じゃないからな。」
「歌えよ。小野寺も聞きたがってんじゃねーか?」
「…そんなわけ…」
「迷いっぱなしだった時の歌じゃなくて、今のおまえの歌でいーじゃねーか。」
「……」
里中はジッと俺を見て。
おもむろに立ち上がると、一旦部屋を出た。
京介はそれを無言で見てたが。
「あーあ、神がいじめるから…」
タモツの言葉に。
「いや…帰ったんじゃない。たぶん…許可取りに行ったんだと…」
部屋の外に視線を向けたまま言った。
…ふっ。
本当に…こいつら。
あの頃も、こんな風に分かり合えてたはずなのに。
しばらくして、里中はアコギを手に戻って来た。
「何だよー。持って来てたんだ?」
アズが目を丸くして言うと。
「練習量が足りないから、いつも車にも乗せてるだけだよっ。」
里中は目を細めて、ぶっきらぼうに言い返した。
「神は今の俺の歌でいいって言ってくれたけどー…」
里中は京介をチラリと見て。
「今の俺と京介で、SAYSを聴かせてやろう。」
小さく笑いながら言った。
そう言われた京介は…
「…っ…」
唇を尖らせて変な顔をしながらも、自分の膝を叩きながらカウントを取った。
…何の曲かも言わないのに始まったその曲は。
SAYSの中でも珍しいバラード。
やり残したことはないか?と、自分に問いかける歌だ。
「…あ…」
双子の驚いた声に小野寺を見ると。
「…ははっ。小野寺君、弾いてるみたいだ。」
アズが涙腺を崩壊させながらも、笑って言った。
布団の上に置かれた小野寺の指は、たどたどしくはあるが…確かに弦をつま弾いている。
薄く開いていた目は閉じられて、口元には笑みが。
「親父…」
それから俺はー…
その光景を焼きつけよう、と。
腕組みをしたまま、無言で眺めた。
人はいつか死ぬ。
形はそれぞれでも。
理想は、誰にも迷惑をかけずポックリと。なんて思いもするが、家族に見守られて逝きたいとも思う。
死なんて、まだまだ先の話だと思っていた。
だが、じーさんが死んで、篠田が死んで…
桐生院の親父さん、ばーさん。
近い人が逝くたびに、そこにあった姿が見えない事に、体のどこかをえぐられるような気分になった。
そして、自分が少しずつその年齢に近付いてると気付いた時、ふいに訪れる焦燥感。
何も、その時は老いてからとは限らない。
突然、死を意識するようになった。
すると、ここ数年…高原さんがどんな想いで生きて来たのか。
計り知れない葛藤と苦悩。
それは俺なんかが気持ちに寄り添おうとしたって、到底無理なレベルの物だと思う。
尊敬して止まない、あの人の生き様がどうであろうと。
俺は俺の生き方を。
〇里中健太郎
「神は今の俺の歌でいいって言ってくれたけどー…今の俺と京介で、SAYSを聴かせてやろう。」
京介を見て言うと、何の曲かも言ってないのに…京介はカウントを取った。
…ったく、こいつ…
いや、俺もか。
あの頃と何も変わってないのに。
なんで俺達…離れたんだろうな。
な…小野寺。
『Goodbye Regret』
なあ
やり残したことはないか?
あの歌は今も歌えるか?
ビルの谷間に落ちてゆく眩しさに
目を細めて つぶやくのはやめろよ
なあ
今日を精一杯生きたか?
何となく生きたっていいんだ後悔がなければ
それでも辺りが暗くなった時に
心に灯る何かを掴んでろよ
まあ少し休めよ もう立ちたくないんだろ?
自分の事を知るチャンスだぜ
ちっぽけなクセに大きく見せたくて
粋がって強がって迷って
落ちて落ちて落ちて
繰り返してんじゃねえよ
痛い目に遭ったクセに
見えないフリしてんじゃねえよ
変わらないつもりか?
Goodbye Regret
今日から この瞬間から
顔上げて 小さくても大きな一歩
さあ行こうぜ
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