第11話 「さくら。」

 〇高原さくら


「さくら。」


 帰国して、歌のレッスンが始まった。

 あたし達は年内にアルバムを出す。

 それ用の曲を頑張って仕上げなきゃいけない。



 のに。



「あっ、ごめん。入るの遅れたよね。」


 ぶんぶんっと頭を振って、パンパンって顔も叩いた。

 そんなあたしを見て、なっちゃんは何とも言えない笑顔。


 あ~っ!!もうっ!!その顔っ!!


 分かってる!!

 今は歌に集中!!




「珍しいですね。」


 レッスンを終えてエレベーターに乗ろうとすると、ブースで一部始終を見てた里中君が一緒に乗り込んだ。


「里中君に怒鳴ってもらわないとダメみたい…」


 タオルで汗を拭きながら言うと。


「えっ?俺の出番なんてないでしょ。」


「なんで?里中君に『ごるらあああ』って言われないと、ピリッとしないって言うか…」


「いやいや!!高原さんがレッスンつけてるんだから、間違いないでしょ!!」


 里中君はちょっと羨ましそうに言った。


 …ふむふむ…

 これはー…


「…里中君、なっちゃんにボイトレしてもらったらどうかな。」


「はっ?」


「冬の陣に向けてさ。」


「あっ…いや~…俺なんてそんな…ははっ…」


「誤魔化さない!!ね?なっちゃんもやりたがると思うから!!」


「~…」


 戸惑ってる里中君の腕をバーン!!と叩いて。


「大丈夫。里中君の声、ちゃんと出るから。それに…やんなきゃいけないでしょ?」


 あたしが真顔で言うと。

 里中君は少し猫背になってた背筋を、気持ち…伸ばした。

 そして小さく息を吸うと。


「…俺からちゃんとお願いしたいので、もう一度降りてきます。」


 あたしの目を見て、キッパリ。


「……」


「さくらさん?」


「あっ、うんうん!!じゃ、あたし先にスケジュール一覧開いて見てるね。」


「はい。お願いします。」


 里中君は途中でエレベーターを降りて、あたしは最上階へ。


「はー。」


 ドサッ。

 少し勢いをつけてソファーに座る。


 …里中君…さっき、いい顔したな。

 つい見惚れちゃったよ。


 小野寺君の事、受け入れるには時間がかかるかもしれないけど…

 頑張って欲しい。


 …頑張らなきゃいけないのは、あたしもか。


 なっちゃんには話せてない、音信不通だった間にお兄さんの身に起きた事。

 そして、桐生院と二階堂の関係。


 クリーンで、先代は全部を話してくれたわけじゃない。

 あたしは以前、先代に記憶を操られた。

 だから今度はあたしが!!ってわけじゃないけど。

 あたしは、知っておかなきゃいけない気がしたんだよね…


 だけど…肝心な記憶はブロックされてたと思う。

 そこまでして、先代が隠したい過去。

 …何なんだろう…



「…今は今の事っ!!」


 頬をパンパンと叩いて立ち上がる。


 気になる事はたくさんあるけど…

 あたしはこのお城を任された。

 今は冬の陣に向けて、そして大事な新作発表のために動かなきゃ!!




 〇高原夏希


「…ふっ。」


 手元の写真を見ながら、小さく笑う。

 そこには…誓と麗、乃梨子と兄貴が頬寄せ合って笑っている写真。


 陸の計らいで、麗までが兄貴のそばにいてくれる事になり。

 今、リトルベニスの兄貴の家は…思いがけず賑やかだ。


 定期的に送られてくる写真は、どれも穏やかで優しくて愛しい。

 篠田剛志が言うには、酷かった認知症状が少し和らいだように思える、と。

 まあ…時間帯やその日の体調で、麗を容子さんと思い込んでしまう事もあるらしいが。

 麗が上手く対処していると聞き、彼女の意外な一面に驚かされた。


 …こんなに愛に溢れた家族に支えられてるんだ。

 俺も、まだ生きていける。



「…高原さん、ちょっといいですか?」


 さくらのレッスンを終えて二階のエレベーターホールまで降りると、里中が来た。

 妙にオドオドした表情で。



「どうした?」


「…恐れ多いお願いがあります。」


「何でも聞くぞ?」


「ああ…それはそれで…」


「ははっ。何だ?」


 里中は一大決心でもしたような顔で。


「俺にも…レッスンつけてもらえませんかっ?」


 ガバッと頭を下げた。


「……」


「昔のようには歌えないし、高原さんの期待に応えられるかは…正直不安ですが…」


「…冬の陣に?」


「…出ます。」


「……」


 頭を下げたままの里中の肩に手を掛ける。

 不思議そうに顔を上げた里中の腕を引き寄せて、そのままハグした。


「はっ…えっ…?」


「ありがとう、里中。」


「いっ…いえ、それは俺が…」


「ありがとう。」


「……厳しくしてくださって結構なんで…よろしくお願いします。」


 あの頃気付けなかった、里中の不調。

 冬の陣で里中がベストパフォーマンスが出来るよう…尽くしたい。



 それは、俺のためでもあるから…。





 〇斉藤健吾


「……」


 今日も…来た。

 俺とシンゴは、目の前にいるF'sのドラマー、浅香京介さんにド緊張している。



 幼い頃、両親が離婚した。

 双子の俺達は二人ともが母親についていくはずだったが、父親が譲らなかったらしい。

 それで、何で決めたのかは分からないけど…

 俺は母親に、シンゴは父親に引き取られた。


 父親にもシンゴにも、ずっと会わなかった。

 何なら自分が双子な事も忘れてしまいそうになるぐらい。

 だけど、アイドルを目指して入った事務所で…


「…おまえー…」


「…もしかしてー…」


 シンゴに再会した。


 二卵性双生児だし、苗字違うし。

 俺達が双子とは、事務所もメンバーも気付かなかった。


 事実が公にされると、両親の事も知れ渡ってしまうかもしれない。

 そう思った俺達は、芽が出てない段階からそんな心配をして、双子である事を隠した。

 声が似てる、顔も似てる気がする。なんて言われても。

 一緒にいると似て来るよな。と笑って。



「…小野寺…今日は何も喋らねーんだな…」


 浅香さんの低い声に、シンゴと二人して肩を揺らせた。


「あっ…えっ…と…」


「仕方ないですよ…もう、たぶん長くないんで…」



 …父親は…俺達がバックリで売れ始めてすぐ、若年性認知症になった。

 シンゴがレッスンを休みがちになって、理由を問いただすと…


「…親父がおかしくなって、入院したんだ…」


 最初はただの物忘れと思ってたけど。

 その内、シンゴの事も分からなくなって…

 今じゃ、誰の事も分からないし…もう自分の力で起き上がる事も出来ない。


 

 俺はシンゴと再会後も、あまり会った事のない父親に不慣れで…

 一人で会いに来る事も出来ない。

 それに、俺は今も…目の前の老人が父親だと認められない。

 浅香さんと同じ歳だというのに、本当に老人だ。



「…そうか。」


「落ち込まないでください。」


「…だな…」


「昨日調子が良かったから良くなる。なんて事はないんで…」


「お…おい、シンゴ。言い方…」


「…いいんだ…」


「……」


 シンゴの言葉に、浅香さんは『分かってるんだけどな…』みたいな顔をして小さく息を吐いた。



 そもそも…父親が浅香さんと里中さんとでバンドを組んでたなんて。

 俺もシンゴも知らなかった。

 その事実を知った時は驚いたし…どうして教えてくれなかったんだ?って、今は再婚して福岡にいる母親に電話しようとしたけど…やめた。


 母にとっては過去の事。

 それに、俺達が生まれたのは父親が在籍してたSAYSというバンドが解散した後。


 つまり…

 父親は、バンドの解散と共に音楽から離れたって事だ。

 そしてその過去を俺達に言わないほど…


 過去とも決別したって事だ。



「…どうして毎日…」


 つい、小さくこぼす。


 東さんに連れられて行った会長室で。

 浅香さんと東さんは、形相を変えて父親に会わせてくれと言った。

 何なら…さくら会長も。

 あの日以来、浅香さんは毎日やって来る。


 過去を捨てた、小野寺亮市に会いに。



「………」


 ふいに立ち上がった浅香さんは、父親を見下ろして。


「小野寺、もっと続けたかったんだよな。なのに…俺は見て見ぬフリをした。」


 俺達に聞こえるかどうかぐらいの小声で言った。


 そして。


「…おまえら、やり遂げろよ。」


 俺達にそう言った浅香さんの目は、ほんのりと赤くて…



「…はい。」


 俺達に、それしか言わせない強さがあった。




 〇里中健太郎


「里中。」


 スタジオ階のロビーで、ぼっち部屋に入るかスタジオを取るか悩んでると声を掛けられた。

 珍しい…と思って振り返ると、そこにはいつになく真顔の京介。

 いや、いつも表情が読めないって言われるけど…間違いなく、今日の京介は真剣だ。


「何だ。」


「…話がある。」


「……」


 先日、さくらさんの計らいで、思いがけず京介と本音を語る時間が取れた。

 ずっと…『俺なんて』って思ってたが、冬の陣に出ようと思えるようになったキッカケは、京介の言葉だったと言ってもいい。

 …まあ、重い腰はすぐには上がらなかったんだけど。



 どうせなら、と思って、一番狭いスタジオに入ると。

 何も言ってないのに、京介はドラムの椅子に座った。


「…俺、今…毎日小野寺に会いに行ってる。」


「……え…っ…?」


 唐突に口を開いた京介からの衝撃な言葉に、アコギを手に取ろうとして…動きが止まった。


「毎日って…え…えーと…」


 動揺して、上手く言葉が出て来ない。


 小野寺、今どうしてるんだ?

 元気でいるのか?


 そう聞きたいのに…

 京介の表情が、それを許さない。



「…分かんねんだよ…」


「…あ?」


「あいつ…もう、何も分かんねーんだよ…」


「何も…って…」


「若年性何とかって…」


「……」


「もう…SAYSの事も…覚えてねーし…」


「……」


「…もう…長くねーんだよ…」


「…え…っ…?」


 長く…ない…?


「…おまえ色々抱えてっから、言うのためらったんだけど…」


 長い前髪の隙間から、京介が遠慮がちに俺を捉える。


「…そんな事言ってたら…おまえ…小野寺に会えなくなっちまう気がするから…」


「……」


 ゆっくりとアコギを手にする。


 俺はー…

 小野寺を失望させたあの日から…あいつを忘れた日はない。

 だけど、あの日の小野寺の目を思い出しては…自分を責め続けている。


「…おまえ…さ。」


 京介は、立ち上がって俺の前まで来ると。


「………小野寺と…何があったんだよ。」


 気まずそうに、だけど俺の目を見て言った。


 …今までの京介なら聞いて来ない。

 だけど俺も京介も、社食で話して気付いたはずだ。

 言葉は出さなきゃ伝わらないって。



「…この前話した時、『あの頃、もっと…』って言ったまま、濁したよな。」


「…よく覚えてるな。」


 京介の変わりように驚きながら、小さく笑う。

 …いや、俺が変わらなすぎるんだよな…


「…何度も言うけど…もし迷ったら仲間に頼れ。それでも上手くいかない時は、現状を受け入れるんだ…だろ?」


 俺が答えずにいると、京介は高原さんの言葉を言った。


「…京介。」


「あ?」


「次はいつ行く?」


「…毎日行ってんだ。明日も行くに決まってんだろ。」


 京介が、俺の腕をパチンと叩く。

 ほんのり…笑顔で。


「明日は俺も行くよ。」


「…ショック受けるかもだぜ?」


「それでも。もう、後悔はしたくないから…」


 俺の言葉に京介は前髪をかきあげると。


「久しぶりに合わせるか?」


 置いてあったスティックを手にして、嬉しそうに声を張って言った。


 神がいたら、『おまえ、熱あんじゃねーの』なんて言いそうだな(笑)




 俺はもう、迷わない



 現状を受け入れる。



…京介。


サンキュ。

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