第34話 ドラッグvsエンター〜追う者達は加速する〜



 ザラギアとの戦いで破壊された学園のコロッセオは、夏休みの間に新設された。

 そして、九月の頭の今日、その新設コロッセオのお披露目を兼ねた大魔道祭が執り行われる。

 それは魔法学園エンドランドに伝わる秋の祭で、毎月の学園最強トーナメントより気合の入ったバトルトーナメントだ。

 通常は十月の半ばに開催されるが、新築コロッセオの派手なお披露目の為、前倒しとなった。

 それ故に、コロッセオの客席は、生徒、観客がごった返す超満員となっている。

 新設された学園コロッセオは、以前の土色のコロッセオの様相を残しつつ、新品なので何処か小綺麗。

 バトルフィールドの地面の砂は整っていて、客席と壁は当然傷が無く、艶やかだ。

 その円形の決闘場に吸い込まれるかの様に、戦う者達がやって来る。

 リューリが、アシェッタが、アマミヤが、エンターが、ドラッグが、それぞれの想いを胸に、この場所に。

 ——————戦えばいいさ、コロッセオが小綺麗なんて気味が悪い。

 またぶっ壊すぐらいの大暴れ。

 血飛沫が壁面にこびり付く程の激闘。

 彼等は見せてくれる筈だ。

 



 制服の上に白衣を来た少女は、ポケットから針の短い注射器を取り出すと、それを首筋に打ち込んだ。

「じっ、実地テストだぁ……」

 (この女、目がヤバいですね……)

 大魔道祭第二回戦第四試合。

 ドラッグvsエンター。

 追う者と突き詰める者の戦い。




 紫電一線とはこの事か。

 雷のエレメントを帯電したドラッグは、目にも止まらぬ速さでエンターとの距離を詰め、その首を掴み上げていた。

解放バーストッ!」

 そして、紫電を全解放。

 雷撃がエンターの身体を襲う。


 エンターは相手のデータから戦略を組み立てるファイターだが、今の相手——————ドラッグのデータは多くなかった。

 データを集めるのにも限界がある。

 一回戦でドラッグと戦ったAランク生徒ならいざ知らず、Fランクのドラッグはデータの取捨選択から弾かれたのだ。

 『二兎を追う者は一兎をも得ず』。対戦確率の低いFランクのデータより、当たる確率の高いAランクのデータの精度を高める。

 その考えは間違ってはいないのだろう。

 だが、今回はそれが裏目となった。

 ドラッグの高速移動、雷撃の出力。全てが想定外だ。


「ぐああああああああああ!!!」

 理論のエンター、絶叫。

 Sランクかつ、異名持ちの生徒の劣勢に会場がざわめく。

 首を掴まれての雷撃。

 尋常では抜け出せない。

 抜け出せないから敗北まで雷撃を喰らい続ける。


 だが、データは間に合った。

 (くっ、首を振って何を——————?)

「っらぁ!」

 ガツン。

 それは皮の奥、骨と骨がぶつかる衝撃音。

 エンターが頭突きを放ったのだ。

 意識外の衝撃に、ドラッグは思わず手を離した。


 (まさか、あの男の試合のデータが役に立つとは……)

 よろめくドラッグに、エンターは容赦無い追撃を放つ。

 ピシピシピシと氷柱がエンターの手のひらに生えてくる。

 そして、尖ったそれらを敵に叩き付け——————

 ガキィン!

 紫電を纏った腕が、エンターの腕を弾いた。

 電気を纏い、帯状に広がるドラッグの髪。その隙間から、見開かれた右眼が覗く。

 血涙を流している。


「でっ、データなんて準備しなくても、簡単な話、その場で"見て"、"反応"すればいいだけ……」

 両手をだらんと垂らし、山猫の様な構えでドラッグは笑った。


「眼球に電気信号を直接送って視力を強化……こんな命知らずな真似をするのはあの男だけかと思っていましたが、どうやらFランクは魔境の様ですね……」

 クィ、とエンターはメガネをかけ直す。

 (事前データは無くとも、今の一合で僕が見たものも大きなデータ。そこから勝利を導き出す!)

 エンターの気配が変わる。

 帯電により鋭敏になったドラッグの感覚も、それを見逃さない。

 (なっ、なんかヤバそうだし、とっ、とりあえず出鼻を挫く……っ!)

 ドラッグの右脚が紫に輝くと、高速の蹴り上げが放たれた。

 通常、ドラッグに蹴り上げを放てる運動能力は無い。だが、雷の魔法により電気信号を送る事で、それを可能にしたのだ。

 細い足が、風切り音を走らせる。


 (雷魔法による身体機能の拡張……ならば身体には無理がある筈!)

 エンターは、あえて蹴り上げを受けた。

 ドラッグの細腕、その足、その身体に、大した筋力は付いていない。

 物理攻撃とは、攻撃した者にも反動がある。

 ドラッグの身体は、その反動に耐えられないと踏んだのだ。

 両腕をクロスさせ、そこに氷柱を生やしたニードル・ブロック。

 氷柱がドラッグの足に突き刺さる。

 だが……


「もっ、もう止められないぃ……」

 既に送られた電気信号に、止まると言う命令は無い。

 氷柱が突き刺さった条件反射で足を引こうにも、『蹴れ』という既に送られた強烈な電気信号が全てを捩じ伏せる。

 だから、


「ぐおおおおおおおおおおおお!」

「ぎゃあああああああああああ!」

 重い衝撃が二人に走った。

 エンターはキックによるダメージ、ドラッグは足に負傷。

 痛み分け——————ではない。


「事前のデータ予測で、既にダメージの『覚悟』を決めていた、僕に分がある!」

「りゅ、リューリみたいな事を……っ!」

 互いに、リューリを間近で見てきた。

 エンターはデータを集める内に彼の戦い方を学び、ドラッグは彼の背中を見る事でバトルに目覚めた。

 彼に影響を受けた者同士、この次のシーンは読めていた。


「氷牙ッ!」

「さっ、サンダーバーストッ!」

 被弾覚悟の技の応酬。

 氷の牙と、雷撃の爆発。

 ぶつかり合う二人。削れていく力。

 しかしそれは消耗戦ではない。

 一歩また一歩と、一歩も引かずに必殺へと突き進む、あの男のスタイルだ。


 (さっ、最初は私の薬の効果時間の短さを補う為にリューリが生み出したバトルスタイルだったっけ……それを薬の作者である私や、Sランクの凄そうな人まで使うようになるなんて、何だか面白いな……)

 雷が氷を砕く。

 鋭利な氷が牙となって肌を裂く。

 ぶつかり合う二人の間合いは、縮まらないが、決して離れる事も無い。

 引かない二人。

 エンターの牙と、ドラッグの舜雷。

 煌めく二人の魔法は、泥臭い殴り合いじみて加速していく。

「もっと、もっと速く!」

「もっと、鋭くッ!」

 加速するドラッグの雷が、鋭く攻め立てるエンターのデータが。

 どちらが早い。どちらが早い。

 加速する力か、最短距離を見つける頭脳か。

 どちらが早い。"どちらか"早い。

 今は互角のスピード。

 終点は見えている。決着か薬の時間切れ。

 だが、全てはスピードに取り残された。

 肉を削がれながら、紫電が前へと突き進む。

 一歩でも前に進めば、試合開始七分後に確約された敗北は遠のき、あの背中に近づく。

 しかし、加速してもデータを測り続けた男はここで"選択"をした。


「ここで、対リューリ必勝のデータを切らされるとはなッ!」

 エンターは、足を一歩下げたのだ。

 ギリギリのバトルで一歩引くという事は、臆病者の愚で、基本的に隙だ。

 だが、エンターは極限のタイミングで、確信を以って一歩引く。

 あえてであり、わざとであり、技ありだ。


「なんでっ!?」

 まるで引かれ合うかの様に競い合った間合いが唐突に譲られ、→←ぶつかり合うベクトルは、←←一方に偏った。

 偏ると、バランスは崩れる。

 紫電はコントロールを失う。


 (前へ! 前へ! 前へっ……!)

 それでも、エンターの方向に七割の雷撃が走る。

 (予測データより量が多い! あの男が相手ならこうは行かない筈ですが、それだけこの人は魔法の制御に長けているという事ですか……)


「だがッ、コキュートスバイツッッッ!」

 エンターが指を弾いて切り札を切る。

 牙の鋭さを持った、巨大な氷柱が地面から飛び出す。

 吹き飛んだ砂と、押し動かされた空気。


 白衣がはらはらと揺れ、やがてコロッセオの地に落ちた。


 エンターは肩で息をしながら、それを見届けると、「データに加えておくか……」と、小さく呟いてコロッセオの入場ゲートへと去ってて行った。

 ドラッグは仰向けになり、空を見上げて目を閉じる。

『ここで、対リューリ必勝のデータを切らされるとはッ!』

 あの言葉がドラッグの脳に反芻する。


「ふへへ……」

 気付けば、彼女はニヤけていた。

 リューリ達に追い付こうとした彼女にとって、リューリに使う筈だった奥の手をSランクに切らせた事は、追い付いたって事らしい。

 だからドラッグはニヤける。


「じっ、実験は成功だぁ……ははっ!」


 こうして、追う者と突き詰める者の戦いは終わった。

 激しい戦いを終えたコロッセオでは、空になった注射器が青空の光を反射して、きらきらと輝いている。

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