第32話 アシェッタ&リューリのドキドキ海デート!
決戦の地で、雌雄は向かい合う。
交わる事のなかった視線が交わり、離れた身体が触れ合う。
怒りは無い。ただ、寂しさと憧れがあった。
「ようやくここまで来たぜ、アシェッタ」
「うん、待っていたよリューリ。」
静かな激情が、二人の闘気を自然と燃え上がらせる。
ほとばしる魔力は互角ではないが、拮抗していた。
「私が見てない間に、随分と強くなったみたいだね」
アシェッタが高揚した頬に手を当てて、うっとりとした表情になる。
「だけど。」
その表情が砕け散り、冷たく鋭い眼光がリューリを射抜く。
「今日は容赦、してあげないから。」
「ああ、もう容赦も我慢も必要無いぜ。俺は、お前の全部を受け止める!」
凶悪な笑みをリューリが返すと、戦いが始まった。
❇︎❇︎❇︎
青い空に日は高く輝き、ゆったりとした波の音が心地良い。
ここは、砂浜だ。
「リューリ、どう……?」
先に水着に着替えて待っていたリューリに、後から着替えて来たアシェッタが声を掛けた。
リューリがその声に振り返ると、女神が居た。
赤い花があしらわれた大きめの麦わら帽子を被り、いつものツインテールをほどいた長い髪が、潮風に揺れている。
水着は空色のビキニと、腰には同色のパレオ。
いつもは制服に窮屈そうに収まっているアシェッタのたわわな双丘が顕になり、一歩一歩と歩く度、扇情的に揺れている。
しかし決して下品ではなく、寧ろ夏の爽やかさを感じる仕上がりには、アシェッタのセンスの良さを感じた。
「いい……網膜に焼き付けたい……」
「あはは、もっともっと見ていいよー!」
リューリとアシェッタの二人は、学園から馬車で半日ほどの海辺に来ていた。
七月の終わりの一幕である。
「海か、思えば子供の頃ぶりだな。」
「私初めてーっ!」
アシェッタとリューリは、腰に水が来るぐらいの所まで歩くと、そこで海水をばしゃばじゃして戯れていた。
海は青く澄んでいて、空は広い。
強い日差しに肌がジリジリと焼かれるが、それも心地良かった。
(明日は日焼けがヒリヒリしそうだが、それも気にならないぐらいいい景色だ)
「ねぇリューリ、私果物とか食べたい! 冷たいやつ!」
「夏と言えばだよな……おっ、海の家があるぜ」
膝を高く上げてガツガツと歩き、木組みの建物を目指す。
波を象ったのれんには、『氷』の一文字。
なんとも清涼感がある。
ジリジリと照り付ける日差しが屋根で遮られ、入り口辺のドアや壁が取っ払われたその建物は、客と風を気持ち良く迎え入れる。
アシェッタとリューリは空いてる席に座り、フルーツサイダーを注文。
程なくして、縦長のコップになみなみと注がれたサイダーが運ばれてきた。
コップの上には切り込みが入ったオレンジが添えられており、サイダーの青とマッチしてそそられる。
アシェッタとリューリは、ごくりと唾を飲んだ。
「ザ・夏って感じだな」
「飲もうよ飲もうよ!」
ストローを無視して、喉に勢いよくジュースを流し込むアシェッタ。
見ていて気持ちの良い飲みっぷりだ。
リューリもそれに習って、コップの淵に口を付けた。
爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
瞬間、舌先に感じる刺激。
何かが決壊する。
気付けば、舌先で感じていた刺激は喉まで来ていた。
(う、美味い……!)
カランカランとコップの中で氷が踊る。
コップの外に付いた結露が冷たくて気持ちいい。
「ふわぁ〜、美味しかったぁ〜」
早々に飲み終えたアシェッタは、まだ冷たいコップを自身の首筋に押し当てている。
少し力の抜けたそのポーズは、なんだか扇情的だ。
(どうにも目が引き寄せられる……)
「? どうかした?」
「いや、何でもない。」
リューリは残った氷をガリガリと噛んで誤魔化した。
「さて、次は泳ぐか!」
砂浜に戻ってきた二人は、時間が惜しいと言わんばかりに、海へと駆けていく。
ばしゃばしゃばしゃ……
「がぼがぼぼ!」
アシェッタが溺れた!
「そういや海来るの始めてって言ってたもんな」
リューリが軽く身体を寄せ、アシェッタを支えると、アシェッタはバランスを取り戻して上手く海に浮いた。
腰から上を海面から出した状態で落ち着く。
「びびった…….実際は呼吸なんて数時間しなくても平気なんだけど、感覚が空とまるで違うや……」
「初めての海で、慣れない身体だもんな。俺も初めて泳げる様になったのは結構遅かったっけ……」
すると、アシェッタは不安そうな上目遣いでリューリを見つめた。
「き、嫌いになったりしない……?」
「別に泳げなかったぐらいで嫌いになったりしねーよ。あのなアシェッタ、確かに俺はアシェッタにいろいろ期待してるけど、全てにおいて完璧であってほしいなんて思ってない。」
(寧ろ、隙をもっと見せてほしい。俺はアシェッタと対等でいたい。アシェッタを助けたい。)
「じゃあ、リューリは私に何を期待しているの?」
ポロっとした感情の吐露。
それは、何処か核心を突いている様で——————
——————俺が、アシェッタに期待している事。
今まで、命を分け合ったから、それだけでアシェッタと付き合ってきた訳じゃない。
それよりももっと、もっと沢山の理由がある。
だが、無意識に出た『期待』という言葉。
俺はあれだけアシェッタに助けてもらいながら、それ以上を彼女に求めているのか……?
いるのだろう。
それは決して完璧でいて欲しいという事では無いけれど、しかし、俺に出来ない何かをアシェッタに求めている。
それが何なのか、リューリはすぐに言葉に出来なかった。
それでも、
「分からない。それでも、俺はアシェッタ、お前を嫌いになる事なんて無い。そんな俺はあり得ない。だって、俺にはお前しか残ってないんだ……」
リューリは、縋る様にアシェッタへと手を伸ばす。
しかし、アシェッタは何処かを向いてしまう。
「なんか海も冷たくなってきたし、戻ろうか。」
「あ、ああ……」
砂浜からなんとなく人が減った頃、アシェッタとリューリは岩場に登って夕日を眺めていた。
ザザーッ、ザザーッと波の音が等間隔で響き、時間がゆっくりと流れる。
あれから、二人ともあの話題を避けていた。
しかし、静かになった砂浜の無音は長い。
(アシェッタに求めているもの……アシェッタに求めているもの……一体何なんだ……)
あれからリューリはその事ばかり考え、頭がいっぱいになっていた。
その張り詰めた空気はアシェッタにも伝わり、気まずい空気が二人の間を漂う。
だが、アシェッタはそれでも、リューリの身体に寄り添った。
「アシェッタ……」
「……ねぇ、リューリ」
アシェッタが頬を当てた時、リューリの身体が一瞬強張ったのを感じた。
(リューリも、不安なんだよね。)
互いが互いの事を、心の中で大きく思っている。
それは愛で、決して悪い事では無いけれど、しかしそれ故に繊細になり過ぎる。
——————だから、アシェッタはその繊細さを破壊する事にした。
「リューリ、私はリューリに求める事にするよ。」
「アシェッタ……?」
「リューリが、私を好きで居続ける事を。」
雰囲気が変わったアシェッタを振り返ると、アシェッタがずいと顔を寄せてきた。
「リューリも私が居ないとダメなんでしょ? 私もリューリが居ないとダメなの。だから、だからね……」
リューリの指を編み込む様にアシェッタの指が絡める。
そして、繋がれた手が胸の辺りに上げられて、リューリは押し倒された。
胸が押し当てられ、互いの吐息がぶつかる程に顔が近づく。
(リューリが答えを出せないなら、私が……)
豹変したアシェッタの様子に、しかしリューリは目を逸らさない。
絡み合う視線、頬をくすぐる相手の吐息。
永遠にも思える一瞬の後、アシェッタの言葉は紡がれた。
「だからね……リューリ、私に全てを求めて。」
(——————私が、何もかもを満たしてあげればいいんだ!)
バシンッ!
乾いた音、何かを突き飛ばした音。
そして、それはリューリから放たれた。
「——————え?」
何が起こったのか分からず、素っ頓狂な声が出た。
アシェッタは、痛くもない体を押さえて、固まっている。
そして、リューリは苦しそうに歯を食いしばっていた。
「俺は、弱過ぎたな……」
リューリは、そう言って自分の肩に爪を突き立てる。
肉が抉れ、血が流れる。
「えっ、あっ、リューリ、何で……?」
「俺が悪いんだ……俺があの時答えられなかったから、俺がお前の力に寄り掛かってたから、俺が弱かったから……」
「悪くない、悪くないよ! 私何でもするよ、リューリの為なら、何でも!」
俯くリューリに、縋り付くアシェッタ。
しかし、今のリューリには逆効果だった。
「アシェッタ、ごめんな、俺、お前にそんな事言わせたくなかったんだ……ホント、本当はな、お前に頼られたり、わがままいっぱい言わせてやりたかった……それなのに」
血ではない、雫が落ちる。
「自分の一番大切な奴に、『何でもする』なんて言わせる様な、カスな自分が許せねぇ……」
それから、アシェッタとリューリは夏休み残りの終わりまで、顔を合わせる事はなかった。
二人が再び向かい合うのは、九月、大魔道祭の事である。
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