第28話 毒




 「リューリ! リューリ!」


 アシェッタは意識を失い、倒れたリューリの肩を揺すり、声をかけた。

 だが、一向に意識は戻らない。


 (リューリ、ごめんっ!)


 アシェッタはリューリに蹴りを入れた。


 「がはっ!」

 「リューリ!」


 リューリは飛び起き、首を振って辺りを確認する。そして、切る様な息をした。


 「まだ、終わっちゃいねーよな……」

 「うん。そして、これから終わらせるんだ。」


 二人の視線の先には、血塗られた、片翼の天使がだらんと立ち尽くしている。

 説明は要らない。

 これがお互い、最後の最後だ。


 「アシェッタ、コレを使おうと思う」


 リューリは"コレ"をアシェッタに掲げて見せた。

 アシェッタはそれでリューリの考えを察し、短く頷く。


 「ありがとな、俺と最後まで付き合ってくれ。」

 「ここまで来てもう帰れなんて言われたらキレてたよ」

 「はははっ!」


 背中にジト目を受けながら、リューリは立ち上がった。

 そして。


 「DDG、オーバーロードッ!」


 構えたドラゴン・ドラッグ・ガントレットの二つ目の突起が凹む。

 それは、二つ目のクスリが注入された事を意味する。

 DDG二つ目のクスリは毒。

 それは、ドラゴンの力の暴走を誘発させる。


 身体の芯が膨れ上がり、咆哮となって口から噴き出そうになった。

 リューリは全身を力ませ、それを無理矢理己が肉体に留める。

 だが、その力は人智を超えた力。人の身では長く持たない。そう遠くない内に力に飲まれるだろう。


 「だが、この痛み、この苦しみが、この力の強さを物語っているぜ……」


 暴走するドラゴンの力を身体に馴染ませるリューリ。

 彼に向かって、片翼の天使は『審判は回帰せり』で襲い掛かった。

 だが、それは横から放たれた三つの火球によって阻まれる。


 「アマミヤの手をパクりやがったな……」

 「不服だけどね。弱点を突けるなら躊躇わないよ」


 苦笑いを浮かべアシェッタは更に魔法を発動する。勿論、三個同時に。


 「次は上級で行くよ! あの女の同時発動は中級までだったからね。」

 「ほざけよッ!」


 手のひらを天に向けるアシェッタに、魔法を阻止せんと殴り掛かるザラギア。

 肉薄する二人。だが、この場の誰よりも早い男が居た。


 「ジェットストライク!」


 リューリだ。

 バチバチとする赤黒い雷光を纏ったリューリは、暴走するドラゴンの力を手懐け、最速の拳を放った!


 「ぐはっ!」


 勝負の序盤、リューリが蹴り飛ばされた時の様に、今度はザラギアが吹っ飛び、壁に叩き付けられた。


 「畳み掛けるぞ!」

 「うん!」


 アシェッタはさっきよりも高威力の火球を三つ打ち出し、リューリはその影に隠れる様にしながら走った。

 ジリジリとヒリつくこの感覚は緊張によるものか、それとも火球の熱なのか。

 全てを疾風へと変え、全力疾走。


 「これで終わりだぁああああああああああああああああああああああ!!!」


 全ての勢いを拳へと込めた瞬間、


 「リューリ、何かおかしい!」


 アシェッタの声が聞こえ、その途端、目の前の火球が唐突に何も無い空間へと吸い込まれた。


 「!?」


 「平伏せよ、隷属せよ、我は魔を統べる者なり。」


 リューリはその詠唱に、覚えがあった。


 「全てての力は我に還り、全ての力は我より出でる……」


 周囲の魔力が強烈な"力"の影響を受け、歪む。

 それは——————


 「我こそ王道、我こそ起源、我こそ混沌。」


 それは、圧倒的な力の差を以ってあらゆる魔法を屈服させ、奪い取る。


 「大いなる渦の本質を知るが良い……」


 そして、それを何十倍もの威力でそれを打ち返す、特級の大魔法。


 「叛逆魔法、カウンタースペル」


 誤算だった。

 膨大な魔力を有する天使。そんな存在なら、きっとカウンタースペルを使えない筈もない。

 この世界で一番魔力を持っているのはドラゴンか天使だ。

 だから通常、そこにカウンタースペルを使えるほどの魔力差は無い。

 だが、アシェッタは今、リューリと魔力を分け合っている。

 その分の、"差"がある。

 ならば、カウンタースペルは十分発動可能!


 「下等生物如きに策を練るのは屈辱だが、そうも言ってられないからなァ!」


 「……っ」


 何処かへと消えた火球が、太陽の如き火力となって、リューリ達の方向へと顔を出した。


 「消え去れ! アタシの屈辱と共に!」


 拳に全てを乗せたリューリに、これを躱す術は無い。

 太陽は、既にリューリの鼻先まで迫っている。


 「リューリいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 叫んでも、手を伸ばしてももう遅い。激突する——————


 「まだだ!」

 「強がりをッ!」


 確信が彼の中にあった。

 命を分つ一瞬。

 今まで一度として試した事の無い"それ"の、確信だけがあった。

 今、彼女を助けられる手はこれしか無いと。そう判断するよりも早く、反射的に少年は叫ぶ。


 「ドラゴン・モードッッッ!!!」


 咆哮が轟き、それは姿を表した。

 幻想の龍、ドラゴン・オブ・リューリズム!

 それは数日と持たず死んでしまいそうな程に痩せ細った黒龍。

 爛れた黒鋼の鱗と、穴だらけの翼を持つ。

 人の身で抑えきれぬ魔力なら、人を越えた身になればいい。

 アシェッタと契約し、深い影響を受けた事で、不完全ながらドラゴンの姿と成った、あれはリューリだ。

 そしてリューリは、アシェッタに覆い被さる様に身体を丸め、太陽を受け止めた!


 「暴走した力を解放し、自らドラゴンとなる事で、アタシの攻撃を受け止めたと言うのか……!?」


 暴走していた魔力をドラゴンの身体を以って全て制御し、守りに回す。

 それでも、太陽は鋼を溶かした。


 「ぐあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 鱗の奥の肉を、その更に奥の骨格までも、太陽は焼き尽くす。

 ドラゴン・オブ・リューリズムは、悶絶しそうになる苦痛を必死に堪え、胸の中のアシェッタを守り続けた。


 そして、太陽がその効果を終えるのと同時に、ドラゴンの姿は瓦解した。

 もはや原型を残さぬこのコロッセオには、天使と、ドラゴンであった少女と、ドラゴンでいられなかった少年が残っている。

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