第26話 本質
アマミヤが放った火球はザラギアにヒットし、ザラギアは一瞬動きを止めた。
そして、天使は驚きの表情を見せる。
「ザラギア……ボクを睡眠不足にしてくれた怨み……へへっ、晴らしに来たよ……」
アマミヤの様子がおかしい。
その表情に普段の軽薄さはまるで無く、仮面の奥の素顔を晒している感じだ。
頬と額に太い青筋を浮かべて、頬を引き攣らせた隙間からギラリと覗くのは、砕けそうな程食いしばられた奥歯。
怖い! と、ザラギアは思った。
だって無意識に身体が後ずさっている。
ザラギアはアマミヤに寄生していた事で、アマミヤをよく知っている。
だが、彼女があんなにも感情を露にするのは初めてだ。
アマミヤとザラギアの間には、蟻とゾウの様な覆しようの無い力の差がある。だが、ザラギアは知っているのだ。
アマミヤの本当に恐ろしい面は、単なる力では表せない場所にあるという事を。
「あっ、アマミヤ! テメェよくも裏切ってくれたな! 色々な力をくれてやったのに!」
恐怖を覆い隠す様に、ザラギアは声を荒げた。
だが、アマミヤの冷たい視線は依然として変わらない。
「くっ、クソっ! テメェなんか怖くねぇんだよ! 審判は回帰せり—————っ!」
ザラギアが、アマミヤに向けて腕を振るった!
「—————————触らなければ。」
「!?」
アマミヤは、全てを羽毛に変える最強の技を前にしても、一切揺るぎはしなかった。
***
少し前。
「アタシの天使魔法の前ではどんな攻撃も、意味無ぇーんだよッ! 残念だったなデータ野郎!」
「—————————ッ!」
やはり、通じなかったか。
天使と言えば神話の存在。ドラゴンと戦ったというデータから、相当な力は予想していた。
それでも、僕の最強魔法であるブラッドメテオなら或いはとも思ったが、データの楽観だった。
ただ、僕はそれでも良かった。
辺りを見渡した限り、学園最強のアシェッタさんや、それに並ぶアマミヤさん。そして、ジャイアントキリングの可能性を持つ"あの男"も居なかった。
それは、まだ希望が潰えていないという事だ。
僕は僕の勝利の為だけにデータを積み重ねて来た。
だが、データの本質は、受け継ぐという事。
過去の自分から、未来の自分へ。
今の僕から、未来の誰かへ。
非常に不本意ではあるが、僕が成し遂げられなかった勝利の為、このデータを未来に残そう。
僕は最速で氷ナイフを生成し、左腕を斬り付けた。
ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ……
「はっ! 自分の身体を傷付けて洗脳に抵抗ってか! 意味ねーよバァーカ!」
ザラギアのやかましい声が頭に響き、そして僕は意識を失った。
***
少し時が戻って、今はリューリ達がザラギアを襲撃した直後。
アマミヤは、コロッセオの裏門に通ずるレンガ道を駆けているる。
コロッセオ前の兵士達との接触を回避する為に回り道をしたせいで、割と時間を無駄にしている現状、アマミヤは珍しく焦っていた。
(この際遅れるのはしょうがないとして、せっかくだから、ザラギアがやられるギリギリで登場してトドメとか掻っ攫いたいな……)
更にスピードを上げるアマミヤの前に、一つの人影があった。
ぴっちりと着こなした制服を肩から破り、ワイルドなノースリーブ姿を晒すメガネ男。エンターだ。
その姿に、以前の面影はない。どころか……
「額にバカなんて書かれて……思慮深いデータ君らしくもない……ん?」
よく見ると、エンターのノースリーブは左腕だけだ。
意味不明な着こなし。
意味不明なら、意味は何だ?
露出した腕はズタズタな上に血濡れて真っ赤だ。
(ザラギアの天使魔法に斬撃系の技は無かった筈だけど……)
不信感から注視する。
やはりあの傷跡は不自然だ。何か尖ったモノで攻撃するにしたって、ザラギアの力ならエンターの腕ぐらい簡単に吹き飛ばせる。
「ザラギア様はデータ的に最強ーーーっ!」
エンターが飛び掛かってきた。
アマミヤは、手のひらをエンターに向けて迎え撃つ。
「普段なら氷属性のメガネ君にこんな魔法使わないんだけどね……」
アマミヤが放ったのは、水を噴出する水魔法。
その水圧はエンターを吹き飛ばし、ついでに真っ赤な血を洗い流した。
エンターは植木にぶつかってダウン。
アマミヤはすぐさま駆け寄り、不自然だと思ったエンターの左腕を確認する。
そこには、四方八方に斬り付けられた傷跡がある。
そして、その傷跡は、文字だ。
『サワラレナケレバ』
さわられなければ……触られなければ!
(そうか、これはデータ君がボクらに残したデータ! ザラギアの攻略法だ!)
アマミヤは、エンターの残したデータに感謝し、コロッセオへと急いだ。
***
そして、時は戻る。ザラギアの腕がアマミヤに触れるギリギリに。
アマミヤは、ザラギアの腕が自分に触れる瞬間、侍の居合いじみた速さでポケットから白いハンカチを抜き出した。
そしてそれを、己とザラギアの腕の間に放る。
「んな薄布で何が出来るってんだよォ!」
「……」
ザラギアの腕は当然、ハンカチを羽毛に変えた。
そして、そのハンカチの先にあるアマミヤの身体も—————————
「触らなければ。」
アマミヤはそう呟くと、ザラギアの腕がハンカチを羽毛に変えるその一瞬で飛び退いた。
「なん、だと……」
そして、確殺の一撃を躱されたザラギアをよそに。
「触るモノ全てを羽毛に変える最強の魔法——————だけど、触られなければどうって事無いって訳さ!」
アマミヤは、それはもういい笑顔でザラギアの最強魔法の弱点を看破したのだった。
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