第17話 暴走する力




 「もう勝負は着いた。早く知ってる情報を吐けよ」

 「手足をもがれても諦めなかった君がそれ言う〜?」


 アマミヤは笑い、また血を吐き出した。

 空元気でも、嘘の笑みでもない。

 アマミヤは、まだ折れていない。

 どころか、最初からこの状況を望んでいた様にすら思え—————————

 そうだ、そう考えれば今までのおかしな行動にも説明が付く。

 しかし、俺の過去や俺ですら知らなかった覚醒の事を、何故この女は知っていたんだ……?

 さらに問題はある。アマミヤの目的がこの状況を作り出す事だったとして、それはそれで理解不能という事だ。


 「その顔はもしかして……察した?」

 「……っ」


 アマミヤを貫き、有利はリューリにある。圧倒的なまでに。

 だというのに、未だ彼女の手のひらの上で踊らされている感覚。

 底が知れない。アマミヤを貫いた腕が、まるで奈落へと吸い込まれていく様な錯覚さえ覚える。


 「リューリ君、君が突然強くなったのは、あの女に奪われていた魔力が君に返って来たからさ」

 「あの女……アシェッタの事か!?」


 「全く、酷いよね。君とあの女は同じ死地を乗り越えた仲なのに、一方的に魔力を吸い続けるなんてさ」


 「アシェッタはそんな事しねぇぞ」


 まるでそれが当然の事だといった口調でリューリが否定すると、


 「じゃあ無意識に奪ってるんだろうね」


 アマミヤは淡々とそれを肯定した。

 リューリは正直面食らっていた。

 アマミヤはアシェッタをあの女呼ばわりしたり、どこか彼女に対して否定的だったので、てっきり反論してくると踏んでいたから。

 しかし実際揺さぶりをかけてみればこの反応。

 正直、二人の間柄はそう単純じゃなさそうだ。

 少なくとも、今測り切れるものではない。


 「しかし、あの女に取られてる魔力が戻っただけでこれ程とは……リューリ君って魔法の才能あるんじゃない?」

 「そりゃどーも。」

 「だけど、そんなんじゃあ足りない。あの女に取られてた分、今度は君があの女から魔力を吸い上げるんだ!」


 アマミヤの語った言葉の真偽は分からない。

 だが、何となくアシェッタとの繋がりを感じるだけだ。


 「じゃあ、妹の事は—————————」

 「おっと、それはボクに勝ってからだよ」

 「この状況から、巻き返せるのかよ」

 「いや、最後まで諦めない事が大事なんじゃないかな。」

 「死ぬ程空虚な言葉だな」

 「あっははー。」


 実際、今のアマミヤから抵抗の意思は感じられなかった。

 初めて出会った時、あれ程隙のなかった彼女が、今はまるで処刑を受け入れる罪人かの様だ。


 「まぁ、聞きてぇ事もあるし、どうあれぶちのめすしかねぇんだが—————————」


 リューリはここで、観客席、正確にはアシェッタの方を見た。

 アシェッタなら、何かに気付いてるかも知れない。

 攻撃したらドカン! とか、そんなオチは御免だからな。

 アシェッタの反応を見て、これからのアクションを決める。


 アシェッタは、顔を青くしながら膝をついていた。

 どうやらアシェッタから魔力を吸い上げているという話はマジらしい。

 罠の可能性に足踏みしてる場合じゃない。

 アシェッタにかなり負荷が掛かってるなら早々に決着を付けなければ!

 リューリは一気に決めようと、身体に力を入れる。


 「ぐあっ!?」


 その時、強烈な目眩がシュレイドを襲った。

 せっかく必中の間合いに居たのに、リューリは膝をついてしまう。

 どうやら急な魔力増加に身体が耐えられなかったらしい。

 い、意識が………………




 「ゴギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 それは、人の声帯から出たとは思えない絶叫だった。

 まるで獣……いや、ドラゴンだ。


 「リューリ君、暴走しちゃったか。」


 「リューリ!」


 脱力から立ち直ったアシェッタが叫ぶが、もう遅い。

 リューリの眼は正気を失い、赤く光っていた。


 一線。

 赤いラインがコロッセオに轢かれた。

 かと思えば、砂埃が巻き起こる。


 「ぐわああああああああああああ!!!」


 アマミヤが突然、まるでドラックに跳ねられたかの様に飛び跳ねた。

 空に浮かぶ身体。それは、あまりにも無防備で—————————


 「轟音立てよエレメント、大地引き裂け根源たる紅蓮。」


 砂埃が晴れ、腕が緑の鱗に覆われた異形の怪人が姿表す。

 リューリだ。

 彼は、開いた手を地面に叩き付け、究極の魔法を行使した。


 「フレアバーストォォォ!!!!!!」


 瞬間、大地を破り砕き、血の底からマグマが噴き上がった。

 紅蓮は無防備なアマミヤに向かい、湯気を撒き散らしながら迫った。


 —————————その瞬間、アマミヤは目を見開いた。


 「我命ず。神の使者の権限以て、荒ぶる力を沈めたまえ!」


 それはアマミヤの声ではない。

 だが、アマミヤの居る場所から聞こえた。


 「天使魔法……!?」


 アシェッタだけが、状況を理解した。

 驚愕と納得、その果てに、事象が理解を確信へと変える。


 アマミヤに迫ったマグマは、アマミヤに触れた途端に、白く美しい羽毛に書き換えられたのだ。

 ふわりふわりと、白い羽がコロッセオに降り注ぐ。

 そして、アマミヤはとうに地面に落ちて然るべき長時間、宙に浮いている。


 「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 リューリだった怪人が、怒りを吠えた。

 コロッセオに、溢れんばかりの日光が差し込んだ。

 途端、降り注ぐ羽毛が吹雪の様に吹き荒れる。

 その羽根吹雪の中心、宙に浮いたアマミヤが鎮座した。


 「この時を待ってたよ……天使ザラギア!」


 そして、彼女の背を突き破り、白く美しい翼が露出する。

 ショートカットだった髪は腰まで伸び、顔付きも何処か威厳高く変容した。

 そう、溢れんばかりの日光を浴び、羽根吹雪の中で天使が目覚めたのだ!

 神々しい、あまりにも神秘的な光景。

 もしもそれを邪魔する者が居るのなら、それはきっと神にさえ楯突く悪魔の如き存在しか居ないだろう。


 「ガギャアアアアアアアアアアアア!!!」


 「アマミヤ、なんと愚かな……」


 天使が、大地から飛び上がり、愚かにも天使に挑んだリューリに鉄槌を下す。

 頭にそっと手で触れただけ。少なくともリューリにはそう見えた。

 だというのに、リューリの身体は地面に叩き付けられていた。


 「ドラゴンフォームっ!」


 それを見たアシェッタは鋭く叫び、力を解放する。

 爆発的に蒸気が広がり、それが晴れると緑の鱗に覆われたドラゴンが姿現した。


 「リューリいいいいいいいいいいい!!!」


 天使に向かい、飛び掛かるアシェッタ=ドラゴン。

 だが、


 「ドラゴンも格が落ちましたねぇっ!」


 天使はそれを、魔法さえ使わず、ただの打撃で撃ち落とす。

 地に伏すリューリと、アシェッタ=ドラゴンが並ぶ。

 泥に塗れた一人と一匹。

 その姿はまるで、天に平服している様だった。

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