第15話 魔道具工房

先生に紹介された店「S&R魔道具工房」。

大通りから一本入った路地に存在したその店は、僕たち魔道士にとっては天国のような店だった。

ディスプレイの杖や箒は量産品では出せないマニアのこだわりどころ、握り心地や魔力集中部の飾りがなかなか素晴らしい。

ドロテアやノース様なら丸一日は眺めるだけでも楽しいだろう。

「本職のこだわりようは流石だな……」

アスミアさんの遠い目が少し気になるが、こればかりは譲れない。

同じ魔法を使うにも気分が変わる。これは白黒を問わず魔道士にとって重要案件だ。

魔力を集中させるにも、気分が乗ると詠唱短縮や威力の向上が見込める。

この気分にこだわるために、魔道士の中には着たい服、なりたい自分のイメージに徹底してこだわる人も多い。

流石に僕はそこまでは徹底しないが、自己の世界観を体現するために魔法で体形や性転換を試みる人もいる程だ。

「凄い!このお人形さん、生きてるみたい!」

シルク様が受付にたたずむ魔女人形に目を輝かせていらっしゃる。

その精巧さは過去に見たどの魔道具工房のそれよりも一回り上。

シルク様の笑顔と言葉に恭しくポーズをとり、反応して微笑み返す様子は単純な魔力駆動の人形や、呪いの起点にするようなそれとは一線を画する。

本当に内に自我を宿したような逸品。

これをくみ上げるだけの職人がいる。

なるほど、先生がここを推す理由も理解できる気がする。

魔道具工房の中でも特に腕のいい職人をかかえる店がその腕を誇示するように人形を置くのだ。

店頭にお出しできるようなクオリティに仕上げるには杖の集中部の彫刻よりもさらにパーツの削り出しに繊細さを要求される。

この人形のように自律稼働なら、さらに動きをも自然なものにするため、パーツ数や結合部の作業量も跳ね上がる。

更にその後は服飾のセンスや裁縫の技術も必要だ。

人形は魔道具作りの総合芸術。

「ひっひっひ、私の妻ソフィアの最高傑作リズノワールをそんなに気に入ってくれたか。」

店主と思しき黒魔道士の女性が自慢げな顔で出てきた。

「ようこそ私達の工房へ。本日のご注文は?」

「私のお母様に不可能はありませんのよ?」

そのうえしゃべるのか。しかも言わされるでもなく、自分で。

なるほど理解した。ここほどに高度な技量の店であれば勇者の魔法を自動で詠唱するような魔道具も作れるのだろう。

「勇者の魔法の一つ『月光の結界』を自動で詠唱し、維持する。そんな魔道具を200程作ってもらうことはできますか?」

僕の注文に店主はニタァと悪い笑顔を浮かべる。

「さすがは元勇者様、注文がすごいな。で、工期は魔王の次の復活考えて4年で間に合うかい?ああ、お代は金でくれなくていいぜ。どうせ王侯貴族の蔵の金全部出すくらいしないと出せないしな。その指輪で勘弁してもいいぜ。そいつにはそれぐらいの価値がある。」

貴族でもなければ払いきれないほど高価な大仕事。想像はしていた。

一般の魔道具工房でどうにかなるような代物ではないから、先生はこの店を紹介してくれたのだ。

でも、この指輪にそれほどの値打ちがあるものなのか?

「指輪にそんなに価値があるかって?無論大有りだぜ。そいつは魔力を割高で食う代わり、今の魔法で不可能なことも含めて何でもできちまうアイテムだよ。

一遍使うと壊れちまうことだけが玉に瑕さ。」

ノース様が残してくださったこの指輪。

それほどまでの逸材だったか。

しかし、それならなおのこと、これを対価に出すわけにはいかない。

「ルビエラ、客をからかうのもほどほどにな。おっと、私はソフィア。軍を辞してここで妻共々工房をしている。」

「ソフィア隊長!お久しぶりです!」

アスミアさんは知り合いのようだった。

「しかし、お代か。確かにその指輪位をもらえないと質、量ともに割に合わない仕事なんだよな、君の注文。

おそらく王国騎士団幹部アスミアの10人分の生涯賃金が必要になるレベルだ。

だが……まあ、魔王に今後も世界の傑物、例えばルビエラのご先祖パライア様のようなお方が未来の世で魔王対策のために死ななくてよくなることや、勇者の魔法の知識を得られることをを考えたら……

半値の半値、5000万Gをローン払いで話を聞いてもいい。魔王の封印ではなく討伐ということなら、そのぐらいの報酬は出るだろうからな。」

「ありがとうございます。」

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