第9話 前に進むために
工房の職人に勇者の武具の研究を始めていただけることになった。
ひとまず僕とアルカさんは古城に戻り、勇者の武具の一つ、イアナ様の槍を工房に運び込んだ。
「よし、これではじめてみよう。早いところとっかかりだけでもつかんでやるからな。」
イアナ様の父は息を一つして気合を入れ、槍を預かってくれた。
工業地域での自分の目的を果たしたところで、次にするべきことを考えなければならない。
自称勇者の集団は今や三人。間もなく工房で勇者の武具の研究も始まる。王都の酒場でくすぶっていた数日前と比べればだいぶ前に進んだと思う。
だけど、宗教上の問題。修練の時間。人員のあて。
解決すべき問題は一つではない。そのうえ、どれも確実に解決しなければならない問題だ。
5年という期間は、余裕があるようでいて必要な準備を済ませるには余裕がない。
「悩み事であふれそうなら、私でよければ聞こうか?」
アスミアさんだった。
「せっかくですから、少し作戦会議と行きましょうか。」
ということで、3人で宿に戻り、現状の確認をすることにした。
「少なくとも国王陛下に魔王対策は進言した。宮廷魔術師団も封印が持たなくなるまではほぼ5年という結論を出していて、時が来れば騎士団は総員出動になるだろう。」
「折角ダン様は黒魔道士なのですから、此処から次の一手を考えるなら『魔道士の増員』を考えてみるのはいかがでしょう。」
アスミアさん配下の騎士団の方々を動員できるのは心強い話だ。
無論、これまでの魔王討伐でなぜ人海戦術がとられなかったのかを考える必要はある。
アルカさんの魔道士増員もいい案だ。
「時に十分な探求を行った一人の魔道士は千の兵士も凌駕する」ということが魔術学校のモットーだった。
しかし、矢を集団で射かける戦術や槍衾の有用性を鑑みれば、魔道士の人数もまた多くていい。
「ダン君はたしか王都の魔術学校の卒業生だったな。学生や卒業生のコネを頼れないか?」
そうか、魔術学校に相談してみるのも手か。
その日のうちに魔術学校の恩師に連絡を入れた僕は、数日後に話をする機会をもらうことが出来た。
「久しぶりね、ダン君。」
「お久しぶりです。メイ先生。」
久しぶりに会うメイ先生の面持ちは神妙そのものだった。
無理もない。先生の婚約者、それも先生の側からプロポーズして婚約を勝ち取ったノース様の死。
僕も初恋で憧れの存在だったドロテアを喪った。悲しみは察するくらいはできる。
「魔王討伐に本校の生徒の手を借りたいという話だけど、勝機はあるのかしら?
負ける、あるいは命を落とすとわかりきった戦いに若い命を駆り出すわけにはいかない。そうでしょう?」
メイ先生は続ける。
「無論ノースちゃんの仇、私も封印が敗れた時には戦いに出るわ。
勇者の魔法は私でも扱えることを確認しているわ。でも……過去一度も、魔王を討伐できた勇者はいない。皆、封印までしかできなかった。」
どこまで行っても、魔王の討伐は前例がないことだ。
どこまでできればいいのかが、わからない。
「問題はそれだけではないの。ダン君から話を聞いて、私は聖堂の歴代勇者の魔王封印の記録を辿ったわ。特に重要だったのは封印の期間に関する話よ。」
「封印は人数と術者の魔力量が影響する、と神はおっしゃっていましたが……」
僕の答えにメイ先生はため息をついた。
「神様の回答だと、魔術理論のテストなら60点よ。まだ大切な要因を拾っていないわ。」
封印の術を僕たちに授けた神様も把握していない要因、それはなんだというのだろう。
「魔王の側よ。魔王の体力や魔力の残量が大きいと、それだけ封印の効き目も悪くなるのよ。」
そういうとメイ先生は記録の中でも特に顕著な事例を見せてくれた。
「封印が破壊された最短は、半日。この時に用いられた生贄の人数は、史上最多の700人よ。」
700。エルグランド様の封印が4人、その前は7人だった。
桁が二つも違うのだ。それなのに、1年どころか、丸一日持たせられないのか。
「この時、神の選任を待たず勇者は千人の兵士を動員したの。丁度、あなたのようにね。それで300人の戦死者を出したところで、討伐は不可能と判断したの。」
この事実は絶望的だ。
僕に思いつくことなら、過去に誰かがやっている。
人類は魔王の脅威に何千年も苦しめられたのだから、神様の言う通りだけでなく、当然いろいろな手を打ったのだろう。
人海戦術もしかり。
「神様はこれに懲りて、原則選任のない人間を勇者の仲間とみなすことを禁じた。『魔王は勇者と仲間が倒すものだ』という考えを広めたうえで、ね。
それでも、私は700人の封印を半日で破った原因は、別のところにあると思っているわ。
結論から言うと、魔王に殺された人の命は、魔王の魔力に変換される。
そして魔王は、食らった命の分だけ際限なく強くなる。」
犠牲を出してはいけない。それも、魔王を相手に。
そんなことが、本当にできるのだろうか……。
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