第6話 聖女の贈り物
護衛として馬車に同行することになった僕とアスミアさん。
しかしシルク様を乗せた馬車は戦闘らしい戦闘もなく順調に進んでいた。
馬車の中でシルク様はノース様の話をたくさんしてくださった。
勇者になる前から母性の塊のようなお方で、シルク様にとっては甘えたい盛りの時期に気兼ねなく甘えさせてもらえるありがたい存在だったという。
さらにそんなノース様から贈られた髪留めを、ずっと大切にしているのだと、見せてくださった。
使われている石自体はさほど高価ではないが、愛や幸福を願う石言葉のものを揃えてあり、実にノース様らしい贈り物だった。
シルク様のご実家といえば王家との薄からぬ血のつながりを有し、一族から王を出すことさえ不可能ではないという、王国随一の大貴族である。
そんな家柄故、礼法や教養、信仰など、備えなければならない徳望は多岐にわたる。
けっして楽な話ではないことは、平民の出である僕も少しは想像がつく。
このような団欒を過ごすうちに、馬車は荒野に差し掛かる。
ここまでくれば馬車の目的地はあと少しなのだが、問題は魔物だ。
王国の中でも特に険しい環境を生きるこの地の魔物たちは、ほんのわずかな食事の機会も逃すまいと、研ぎ澄まされた感覚と迅速にして強力な足さばきや飛行速度で迫ってくる。
アスミアさんと僕、それから騎士の方々は馬車を下り、いつでも魔物と交戦できる体勢に入る。
そして、そんな僕達のもとに、さっそく小型の竜の一団がしきりに威嚇の叫びをあげつつ迫ってくる。
ガルドス。
大人の男3人分ほどの全長で、体温調整のためにある飛べない羽が特徴でサボテンを食べる草食竜。
しかし縄張り意識が強く気性が荒い。
しかし、彼らの縄張りを突破しなければ馬車は工業地帯の宿にたどり着かない。
冒険者の防具材に採用されることもあるくらいには鱗が固く、魔法も高熱や物理衝撃をもってダメージとするものは効きが悪い。
攻め手を考えなければと頭に喝を入れる僕の中に、まだ魔術学校の学生だった頃の思い出がよみがえる。
進級試験の課題で追っていた魔物に苦戦する僕とドロテアに、ノース様が教えてくれたこと。
「魔力量にものを言わせて強い魔法を撃つのではなく、魔物の生態や体の仕組みに合わせて使う魔法を選ぶのですよ。」
そうだ。ガルドスは昼夜を表皮に来る外気温で判断する習性がある。
狩る必要がないなら、こんな手が有効なのではないだろうか。
「粉雪よ覆え!」
ガルドスの体に、細かな氷がびっしりとまとわりつく。
当然、ガルドスの鱗を刺し貫くほどの大魔法ではない。
しかし、それでよかったのだ。
これまでアスミアさん達の盾を食い破らんと大口を開けて走ってきていた彼らは、瞬く間に眠ってしまった。
感じる温度が低く、痛む傷もないガルドスたちは、さっきまでの殺気はどこへやら、すっかり夢見心地でいびきの大合唱にいそしんでいる。
「ノース様、ありがとうございます。」
こんな音の中では届かないかもしれないが、黄昏の空を見上げて感謝する。
そして馬車は無事に目的の宿までたどり着く。
「サルーテ村へようこそ」と書かれた陽気な男と踊る女の看板を通り越し、香ばしいステーキや名産の酒の匂いがする宿屋に着いた。
「本日はありがとうございました。」
アスミアさんたちを連れて宿の一等客室に向かうシルク様を見送ると、僕はさっそく、夕食場所の選定を始める。
観光客や他地域からの買い付け人のために整備されたサルーテ村の通りには、中から楽しそうな歌声といいにおいがする。
王都とはまた違う活気に気分を良くして、僕もすっかり陽気な心地で料理店に入った。
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