第37話 クトゥルフ細胞
艦隊決戦は、これで勝敗がついた。
宇宙海賊の負けだ。ただし、艦隊決戦は、である。
今、全ての海賊船の中は異常な熱気に包まれていた。
彼らは雄叫びを上げながら、お互いを銃で撃ち、あるいは刃物で刺し合う。
死体が山となって重なる海賊船は、敵の砲撃に晒されながらも、自動航行システムによって陣形を再編していた。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう」
まだ生きている海賊は、そう唱えながら仲間を捜し歩く。やがて、もう自分以外全員が死体になってしまったと悟り、自らも命を絶つ。
「るるいえ うがふなぐる ふたぐん」
そして頭領は、陣形が完成するのを見届けてから自分の頭を撃ち抜く。
負けそうだから死を選んだのではない。
クスリの効果で興奮状態にある彼らに、後ろ向きな気持ちは一切なかった。
自らを邪神への生贄にするため、殉教者となったのだ。
誰もいなくなった艦橋で、コンピュータが呪文を締めくくる。
「いあ いあ くとぅるふ ふたぐん」
爆発。そして次元に穴が空く。
遠くルルイエに封印されし邪神の一部が、こちらの世界に顕現した。
△
「なんだ……? 敵の動きがおかしい……密集陣形をとるつもりか? そんなことをしても、ただこちらが狙いやすくなるだけなのに。イーサン、どう思う?」
セリカは魔石を節約するため宇宙をゆっくり飛びながら、教え子の意見を求めた。
「分かりません。反撃も止まったようですし……海賊たちがなにかする前に、一気にたたみかけましょう」
「そうだな。よし、超重力砲の準備だ。トドメを指す」
超重力砲はセリカの艦隊が有する最強の大砲だ。
何隻もの敵艦をまとめて破壊する威力があるが、その使用には膨大なエネルギーを必要とする。発射の際、主砲や副砲のビームを撃てなくなるばかりか、エネルギーシールドが消える。数秒間、船を動かすことさえできなくなる諸刃の剣だ。
しかし海賊からの反撃が止まり、そして密集してくれている現状は、超重力砲を使う絶好の機会と言える。
が――。
「いや、待て! 撃つな!」
セリカは自分の命令を取り消した。
「……あれは艦隊がとるような陣形じゃないぞ……陣は陣でも、魔法陣だ!」
海賊船が宇宙に描いた模様。
それは三角形を二つ組み合わせた六芒星だった。
魔法の考え方では、この世界は五つの元素から作られている。ゆえに五芒星は大神ノーデンスを象徴し、秩序や安定をもたらしてくれる。
その逆に六芒星は『この世界にあらざるもの』を意味していた。六芒星を用いた魔法は、宇宙の安定を崩すため邪法とされている。
魔法陣が大きいほど、強力な魔法が発動する。が、それだけ大きな魔力を要求される。
六芒星の場合は、魔力に加えて、生贄も必要だという。
艦隊を使って描いた六芒星が要求する生贄とは、果たしてどれほどの数か――。
セリカが疑問に思った瞬間、全ての海賊船が一斉に爆発した。
真空の宇宙で炎は上がらない。そんな常識を冒涜するように、六芒星が燃え上がり、オレンジ色に輝いた。
「まさか海賊の連中、自分たちを生贄に使ったのか!」
やがて、六芒星の炎が消えた。
魔法は不発だったのか? 否である。
完全に発動したからこそ、魔法陣が不要となり消えたのだ。
来る。
次元の穴の向こう側から、宇宙を破壊する邪悪なる存在が。
奴にとっては艦隊規模の六芒星さえ小さすぎて、極一部しか現われることができない。
それでも星を滅ぼすだけの力を持っている。セリカの師匠を殺すだけの力を持っている。
なにもない場所から、触手が生えてきた。
一本一本が巨大戦艦を簡単に叩き潰せそうなほど太い。
それが何十本と現われ、うごめき、塊を作る。
蛸か、あるいはイソギンチャクか、いずれにせよ海の生物を彷彿させる。
だが、水族館で見かけるそれらの可愛らしさは微塵も備わっていない。見ただけで吐き気がこみ上げてくる。
その不気味さがどこからくるのか、セリカは理屈で説明できなかった。たんに全長が何十キロメートルもあるというだけでは、ここまで手足が震えたりはしない。
きっと魂が「あれはこの宇宙のものではない」と叫んでいるのだと思った。
味方たちの声にならない声が聞こえてくる。
戦い慣れた精鋭たちが、一言も喋れずに固まっているらしい。
そんな中、セリカもまた恐れを抱くが、それ以上の歓喜を味わっていた。
師匠の仇が目の前にいるのだから。
「出たな……出たな! クトゥルフ細胞!」
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